第9話 1/100?

両チームのオーダー


海王大付属


1番 平 (右) 中堅手 ※

2番 杉山(左) 右翼手 

3番 北原(左) 三塁手 ※

4番 大下(右) 一塁手 ※

5番 坂田(右) 左翼手 ※

6番 岩井(左) 遊撃手

7番 小沢(左)  捕手

8番 渡辺(右)  投手

9番 伊藤(左) 二塁手


※レギュラーメンバー


青嵐


1番 石塚(左) 遊撃手

2番 二岡(右) 二塁手

3番 村雨(右) 一塁手

4番 福尾(左)  捕手

5番 猿田(左)  投手

6番 三村(右) 三塁手

7番 佐宗(右) 左翼手

8番 祐川(右) 右翼手

9番 中井(左) 中堅手


* * *


 青嵐高校の初回の攻撃は、1番打者の石塚から始まった。 


 一般的に1番打者の1打席目の仕事は、相手投手に球数をなるべく多く放らせ、後続の打者のために生の情報を集めることだとされている。

 そのため、皆がベンチから「じっくり見てけよ!」などと声をかけていた。

 石塚は真剣な顔で頷きながら、左打席に入る。


 初球、海王大付属の先発投手・渡辺のストレートを石塚は捉えた。

 打球は綺麗に渡辺の足元を抜け、センター前ヒットとなる。


「……まあ、結果オーライか?」

「いいんじゃね? ヒットだし」


 じっくり見ろと言った手前褒め辛いが、ヒットはヒットだから、とベンチが微妙な雰囲気になる中、2番の二岡が右打席に入る。

 二岡は依田のサイン通り初球できっちりバントを決め、1アウト走者2塁のチャンスで、早速慎吾に打席が回ってきた。


 サインは出ていない。

 慎吾は依田に頷いてみせると、軽く屈伸してから右打席に入る。


 思えば、こういうしっかりとしたプレッシャーのかかる試合は久しぶりだった。

 緊張感が全身の血流を速まらせる。

 そして、それをどこか心地良いと感じている自分がいる。


(……何だこいつ。夏やった時、こんなやついたか?)


 マウンドに立つ渡辺は、そんな慎吾に警戒感を抱く。

 彼はチームの大エース・松本の影に隠れているとはいえ、海王大付属の夏の甲子園優勝に貢献した選手の一人。

 研ぎ澄まされた百戦錬磨の感覚が、目の前の打者は危険だと自分に告げていた。


 結局渡辺は際どいコースばかりを攻め、慎吾は一度もバットを振らずフォアボールで出塁。次打者の福尾が三振に倒れ、2アウト1・2塁という場面で今一番乗りに乗っている猿田に打席が回る。


 海王大付属の選手たちが陣取る三塁側ベンチの奥の、ネット裏に居座る野次馬の中に、気になるあの子の姿を探しながら猿田が左打席に入ったその時。


「あ、猿田じゃん。頑張れよー」


 ベンチで見ていた芽衣や、一塁にいた慎吾の耳にはっきりとその声は届いた。

 猿田は一瞬目を見開くと、笑みを浮かべて打席に入る。


 そして、渡辺の投じた3球目。

 スライダーを完璧に捉え、打球が左中間を抜けていく。

 その間に二塁ランナーの石塚は疎か、一塁ランナーの慎吾までもが帰ってきて、青嵐側のベンチはお祭り騒ぎになった。


 部員たちとハイタッチを交わした後、慎吾は芽衣と顔を見合わせた。


「……さっきの声って、もしかして」

「うん、サルの好きな子。まさか本当に見に来てたとは。たまには出まかせも言ってみるもんだね」

「それはなんか違うような……」


 言いながら、慎吾は猿田の方を振り返った。

 猿田は野次馬の中にいる、いかにもギャルっぽい少女をちらちら見ている。


 慎吾は芽衣に目を戻すと、ふっと笑った。


「……このままいくと、今日のMVPは彼女になるかもね」


 慎吾の柔らかい表情を見て、芽衣も思わず笑みをこぼす。


「それ、今のところ冗談になってないから」


* * *


 好きな子が試合を観に来たおかげかそうでないかは定かではないが、猿田は3回に1点を失ったものの、4回までに3つの0を並べていた。相手がフルメンバーでないとはいえ、夏の大会の時には考えられなかったほどの好投ぶりだ。


 一方、相手先発の渡辺も2回以降は立ち直り無失点。

 2対1と青嵐が1点リードする予想外の展開で、試合は中盤に入っていた。


 5回の表の海王大付属の攻撃。

 3巡目に入り、猿田のサイドスロー独特の軌道に流石に慣れてきたのか、海王大付属の打線が猿田のボールを捉え始めた。


 アウトですら芯で捉えた打球がたまたま野手の正面にいっただけ、というひやひやする投球が続き、2アウト1・3塁で3番の北原に打順が回る。

 北原は公式戦でもクリーンアップを張っている、海王大付属の中心選手だ。


 猿田がセットポジションから投じた第3球。

 甘く入ったスライダーを、北原のバットが見事に捉えた。


 打球はあっという間に右中間を抜け、3塁ランナーは悠々ホームイン。

 さらには1塁ランナーまでもが、快足を飛ばして2塁を蹴り、3塁を蹴ってホームへ突っ込む。が、しかし——。


「……アウトー!」


 球審のコールに海王大付属側のベンチは落胆し、青嵐側のベンチは盛り上がりを取り戻した。マウンドからベンチへ戻った猿田は、笑いを浮かべながらベンチ前の円陣に加わる。


「ナイスプレイ! ……と言いたいところだけど、グラウンドに助けられたな」

「良いじゃないの。地の理を活かしたプレイってやつだよ、これが」


 開き直る石塚に、「いくら地の理っつっても、ここまで変なグラウンドは中々ないけどな」と福尾が打球の飛んだ右中間を見やり、釣られるようにして皆そちらに目を向けた。


 青嵐高校のグラウンドは横長の長方形で、レフト方向が長辺、ライト方向が短辺に当たる。そのため右中間が通常のグラウンドより狭く、海王大付属のランナーはボールの返ってくるタイミングを見誤ったのだ。


 たまには主将らしくチームをまとめようと、皆の顔を見回して慎吾が口を開く。


「とにかく、今日の僕らはついてるぞ。あいつらに勝てるとしたら、100回やって1回勝てるかどうかだと思ってたけど……今日がその、貴重な1回かも——」

「やめて、そういうこと言うの。村雨は発破かけてるつもりなんだろうけど、守ってる時にそんなこと思い出したらエラーするから」


 石塚が慎吾を遮って言うと、皆肩を揺すって笑う。

 締まらないなあ、と思いつつも、まあこれはこれでウチらしいか、と慎吾も一緒になって笑った。

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