第7話 秋期県大会
9月の初め。
うだるような暑さの中、慎吾たち青嵐野球部員は桃明学院の野球部グラウンドを訪れていた。
桃明学院は私学の強豪。
県内では山吹実業・海王大付属の2強に、この桃明と桂泉高校を加えて私学4強などと呼ばれている。
と言っても、今日の彼らの相手は桃明ではない。
青嵐と同じ公立の強豪・黒沢高校との試合で、桃明は単なる試合会場であった。
黒沢高校は直近の夏の大会で県ベスト16入りを果たすなど、現状では青嵐より格上。ただ、文化祭の招待試合で、海王大付属に勝利するのを目指す彼らにとっては、試金石となる相手と言えた。しかし——。
「ゲーム!」
球審が右手を上げるのを合図に、ホーム前に整列していた青嵐ナインは黒沢高校の選手たちと試合終了の挨拶を交わす。スタンドから試合の経過を見ていた慎吾には、彼らのその背中がどこか悄然としているように見えた。
試合結果は、4対11。
7回コールドで、青嵐高校は敗れた。
* * *
スタンドを後にした慎吾は、球場の外で部員たちと合流した。
気落ちする彼らを慰めていると、「村雨くん、だよね」と不意に背中側から声がかかる。振り返ると、黒沢高校のユニフォームを着た30前後の男が見える。
「……はい、そうですけど」
警戒気味の慎吾を見て、自分がまだ名乗っていないことに男は気付いたらしい。
「ああ、すまない。僕はついさっきまで青嵐さんと戦わせてもらっていた、黒沢高校監督の向です」
そう言って、帽子を取る。
若さに見合わない頭頂部の毛量の薄さに、慎吾は彼の苦労を垣間見た。
「あ、黒沢高校の……でも、なんで僕のことを?」
慎吾の疑問に、向は微笑みを浮かべる。
「君はこの辺りじゃ有名だから。中学時代の君には、僕も目を付けていたし。まあ、うちのような高校には来ないだろうと思って、声をかけるのは遠慮したんだけどね」
「はあ、そうですか」
どう答えればいいのか分からず、曖昧な相槌を打った。
「この辺りで有名な選手」だからと言って、相手校のベンチにも入っていない選手に、普通わざわざ話しかけてくるだろうか。
そんな疑念を、滲ませながら。
慎吾の思考が伝わったのか、向はきゅっと表情を引き締めた。
「山吹実業でのこと、聞いたよ。……その、すまなかった」
がばりとこちらに頭を下げてくる。
慎吾は慌てて手を振った。
「やめてください。なんであなたが僕に頭を下げるんですか」
向は頭を上げると、ばつが悪そうに頭を搔く。
「……実は、僕はあそこのOBでね。
今はここでこうして監督をさせてもらってるけど、山吹でコーチをやっていた時期もあるんだ。監督の、いや、監督だった八木さんと揉めてこっちに来たんだけど、あのままあそこに残っていれば……と思うと、なんだか僕にも責任があるような気がしてね」
「……だとしても、向監督が僕に謝るのはやっぱり変ですよ。それに、僕は今のところ、青嵐に来たのを後悔してないですから」
慎吾がはっきり言うと、向は驚いたように目を丸くした。
それから、安心したように相好を崩す。
「……そうか。それは良かった」
「もちろん、青嵐はまだ強くないですけどね。今日うちと試合した向監督なら、分かると思いますけど」
「いや、君がいれば間違いなく強くなるよ」
向が言い切ると、今度は慎吾が目を丸くした。
そんな慎吾を正面から真顔で見据え、向は口を開く。
「これでも僕は、人を見る目には自信があるんだ。君は間違いなく、チームに良い影響を与えるタイプの選手だよ。……欲を言えば、僕の指揮を取るチームに君が入れば、とも思うけどね」
* * *
「何話してたんだ?」
向がその場を去った後。
二人のやり取りを遠巻きに見つめていた部員の中から、猿田が出てきて話しかけてきた。
「……うん、まあ、ちょっとね」
慎吾が言葉を濁すと、猿田は「ふうん」と軽く頷いてから、「まあ、大体聞こえてたんだけどな」と慎吾を小突いた。
「え? そうだったの?」
「ああ。中々かっこいいこと言うじゃないか、キャプテン。ちょっと見直したぞ」
「……そのキャプテンって呼び方だけは、やめて欲しいんだけどな」
慎吾の不満をスルーして、猿田は続ける。
「打線は確実に良くなってるよな、俺たち。今日くらいの相手から7回で4点って、今までじゃ考えられなかったぞ」
「確かにね」
「……だからさ、俺、約束通り明日からサイドの練習始めるわ。今日の試合で通用しないって、ちゃんと分かったし。俺が踏ん張れれば、今日ももっといい試合になったはずなんだよ」
「……そうか」
頷く慎吾に白い歯を見せると、猿田はがしっと肩を組んでくる。
「な、何だよ」
「言っとくけど、村雨も他人事じゃないぜ。早く腕治して、山吹実業の特待生とやらの実力を見せてくれよ。来年の夏もエースが俺ってのは、みんな不安だろ」
「……そんなことは、ないと思うけど」
「いいや、あるね」
猿田が近くから、こちらの顔を覗いてくる。
「雪白は多分、あんまりプレッシャーかけんなって言うだろうけど……みんなお前には期待してんだよ、けっこう。謙遜してたバッティングの方ですら、ウチじゃ一番だったしな」
「……」
「ま、考えといてくれよ」
猿田は言い残すと、組んでいた肩を外して離れて行った。
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