第6話 甲子園優勝校
8月中旬の終わり頃。
神奈川県内の各地では、秋季県大会の地区予選が行われていた。
慎吾のいる青嵐高校野球部もその例外ではない。
4校ずつのリーグに分けられ、総当たり戦で上位2校が県大会に出場するという仕組みの中、青嵐野球部は2試合を終えた時点で1勝1敗。
得失点差で辛うじて2位に付けていた。
迎えた、8月21日の最終戦。
青嵐野球部は勝利を収め、県大会出場を決めた。
そして奇しくも同じ日。
遠く離れた兵庫では、神奈川代表の海王大付属高校が、26年振り2度目の夏の甲子園優勝を果たした。
* * *
地区予選突破を果たした後。
海王大付属の甲子園優勝の報を受け、部員たちは録画していた試合を観るべく、学校の視聴覚室に集まっていた。
「……おいおい、マジで優勝しちまったよ」
試合終了後、呆気に取られる部員たちの中、猿田が最初に口を開く。
彼の後を追うように、続々と他の部員も話し始めた。
「……一応俺らも、ここと夏にやってんだよな」
「なんか実感湧かねえ。てか、あん時は何対何だったっけ?」
「えーと……スコアだと、2対12だね。6回コールド」
部員の一人の疑問に芽衣が手元のスコアブックをめくって答えると、
「コールドはまあ仕方ないとして、2点も取れたのか」
尋ねた部員がぽつりと呟く。すると、別の部員が、
「確か松本じゃなかったろ。俺ら相手に投げてたのは」
「じゃあ、佐伯か?」
「いや、佐伯でもない。……っと、名前思い出せねえな」
「私たちとやった時の、海王大の先発は渡辺って人だね」
またもスコアを見ながら芽衣が答え、部員たちは「あー、そいつか」と納得する。ちなみに、松本というのは海王大付属の2年生エースで、佐伯はその松本を陰ながら支えていた、海王大付属の2番手投手だ。
ただ、こちらは3年生なので、今度の招待試合には出場しない。
「今度の招待試合、村雨は誰が投げてくると思う?」
「……渡辺か、もしくはそれより格下のピッチャーじゃないかな。森先生のコネで試合をねじ込んだとはいえ、10月中旬でしょ?
時期的に、海王大は県大会と関東大会の狭間だから、大事なピッチャーはあんまり使いたがらないと思うんだよね。まあ、こっちの面子を立てて、エースが最後に1イニングってくらいならあるかもだけど」
福尾に尋ねられた慎吾は、うーんと少し唸ってから言った。
慎吾の答えに福尾はにやっとすると、芽衣の方を振り向いて、
「だってよ、雪白。夏の大会の時の、渡辺のビデオならあるよな?」
「うん。私の親が撮ったのがあるはずだから、渡辺くんとやらの対策はそれで練れると思う」
芽衣の言葉に、部員たちは歓声を上げた。
そこに重ねるように、慎吾が口を開く。
「とにかく、向こうの弱点は露出が多いことだ。
甲子園を見る限り、野手に関してはレギュラーが3年生ばかりなのもネックだね。しかも決勝まで来ちゃってるから、僕らとは代替わりの時期が1ヶ月以上ずれる」
「つまり、海王大の新チームのレギュラー陣は、エースを除けばそこそこ弱体化してるってわけだ」
後を引き取って猿田が言うと、慎吾は頷く。
「もちろん、強いには強いだろうけどね。ただ、今見てるビデオほどじゃないってことだけは間違いないはず。後は秋の大会も偵察して、なるべくデータを増やしていこう。……あ、それと、エースの松本についてだけど」
締めに入りかけたところで、慎吾はふとあることを思い出した。
言い忘れたらまずいと思い、慌てて付け加える。
「実は僕、松本とはシニア時代に何度も対戦があるんだ。まあ、彼が招待試合に出てくる可能性は低いと思うけど、万一出てきたら、一応その、癖というか……攻略法、みたいなものがある」
「……それ、先に言ってくれよ。今からもう一回、試合を見返さないといけないか」
しばしの無言の後。福尾が恨めしげな声を上げた。
* * *
さて、慎吾の衝撃発言を受けて、もう一度部員たちは甲子園決勝の録画を見返した。動画とともに、海王大付属のエース・松本の癖とやらを慎吾から懇切丁寧に解説してもらったのだが——。
「ごめん、全っ然分かんねえわ。……むしろ、分かったやついる?」
そう言って周囲を見回す猿田に、同調する者がほとんど。
一部何となく分かる、と言う者もいたが、彼らも実際に打席に立って分かるかと聞かれれば、自信なさげだった。
一方、そんな部員たちに慎吾は不満げな様子。
「でも、これが分かれば松本の攻略は楽になるんだけどなあ……」
「……参考までに聞かせて欲しいんだが、その癖ってのを、村雨以外に分かったやつは今までいるのか? つまりその、シニアにいた頃も教えてたんだろ? 他のやつに」
福尾が尋ねると、慎吾はしばし考え込んでから言った。
「……そう言えば、誰も分かってくれなかったかも。あ、でも洋平は、癖が分からなくても打ったりしてたけどね。ああいうのを天才って言うんだろうな」
「「「……」」」
お前が言うか、と言いたいのを部員一同はぐっと堪えた。
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