第5話 サイド転向
「ちょっと待った。え、何、ほんとに招待試合やんの?
しかも、相手が海王大付属?」
職員室で依田・森の指導者二人と話した後。
二人から聞いたことを、練習前の部室で慎吾が部員に報告すると、先陣を切って猿田が言った。
慎吾が頷くと、しばしの沈黙の後、
「マジかよ、文化祭終わった」
「絶対公開処刑されんじゃん」
「てか、森じい海王大付属OBだったのかよ。全然見えねえ」
部員たちの嘆き声が部室を満たす。
彼らの反応も無理はない。
海王大付属は近年その強さに陰りの見える山吹実業に代わって、神奈川の高校野球界を引っ張る存在。
加えて青嵐は、つい2週間ほど前の夏の大会で、海王大付属相手に6回コールドのぼろ負けを喫したばかり。そのトラウマは、部員たちの脳裏にしかと刻みつけられていた。
さて、お通夜のような雰囲気の中、翔平のスカウト結果について話すのは慎吾も流石に気が引けたが、腹を括ってこれも全て話した。翔平をスカウトするつもりだ、ということ自体は以前に打ち明けてある。
慎吾が話し終えると、またしばしの沈黙の後、
「……じゃあ、その子には他の高校に行ってもらうしかないな」
「うん、今回は縁がなかったってことで」
「だな。ちょっと強い相手ならともかく、海王大は今の俺らには荷が重い」
と部員たちは言い合う。
正直言って、慎吾も彼らの意見に同調したかった。
現状の彼我の差を客観的に見た時、お互いが全力でぶつかりあえば、何度戦おうと今の海王大付属には勝てないだろう。
ただ、ここで自分が同調していいのか。
数週間前、主将に選ばれたときのことを慎吾は思い出す。
『強豪のことを一番よく知ってる、村雨が主将やるべきじゃねえの?』
慎吾を最初に主将に推薦した石塚は、確かにそう言っていた。
つまりそれは、こういう時のためだったのではないか。
一見不可能に見えるこの状況を覆すだけの希望を見せるために、自分が主将に選ばれたのではないか。
意気込んだ慎吾が、息を吸って口を開きかけたその時。
「まあ、まだ諦めるには早いんじゃないか?」
副主将の一人・福尾が、慎吾に先んじて言った。
するとすぐに、石塚が笑って応じる。
「そうだよ。大体向こうだって、俺ら相手に本気出すとは限らないぞ。文化祭だからって、ワンチャン花持たせてくれるかも」
「向こうが花持たせてくれても、負けるかもしれないけどな」
「それを言ったらお終いだろ、お前」
(……メンタル面は、この分なら大丈夫そうだな)
徐々に明るくなる皆の顔を見ながら、慎吾はそう思った。
ただ、実力面ではこのメンバーで勝つとなると——。
(……やっぱり、ピッチャーか)
慎吾は猿田に目を向けた。
「ん、俺?」と自分の顔を指さす彼に、喧騒の中「うん。……後で、ちょっと話があるんだけど」とだけこっそり告げる。
「……りょーかい、キャプテン」
猿田は笑って応じた。
* * *
その日の練習後。
慎吾は猿田と二人、部室に残っていた。
芽衣には事情を話し、先に帰ってもらっている。
「……で、話って?」
こちらに目を向ける猿田に、慎吾はどう切り出そうか迷った。
なにせ、中々デリケートな話だ。
慎吾自身もずっとピッチャーだったので、ピッチャーという人種の言って欲しいことと言って欲しくないことは、なんとなく分かる。そしてこれから慎吾が猿田にしようと思っている話は、彼の経験に照らし合わせれば、まず間違いなく言って欲しくない類のものだった。
「……猿田はさ、自分のフォームにこだわりとかある?」
結局口をついて出たのは、そんな迂遠な質問。
しかし、猿田はその一言で察したのか、にやっと笑う。
「いや、特にはないけど……何? サイドに転向して欲しい、とか?」
いきなり図星を指され、
「あ、もちろん無理にとは言わないけど、その——」
言葉を濁そうとする慎吾を遮って、
「いいよ、はっきり言ってくれて。分かってるんだ。俺のボールでは、強豪相手じゃ通用しないことくらい」
猿田は言った。
「……でも、サイド転向を勧める立場でこんなこと言うのも何だけど、絶対に成功するとは限らないよ?」
もちろん、転向を勧める以上は慎吾の方でも最大限フォローするつもりはあるし、そもそもデメリットを上回るメリットがあると思っているから、慎吾はサイドスローへの転向を勧めている。
例えば、猿田は今のフォームではカーブしか変化球が投げられない。
遊びでサイドスローをした時にはスライダーやシンカーが投げられるようだったので、少なくとも変化球については、サイドスローに変えた方が幅が広がる。
さらに、サイドスローは球速こそオーバースローやスリークウォーターに比べて出にくいものの、投球に角度がつくので、初見殺しになりやすい。一発勝負の高校野球では、この初見殺しが想像以上に効果を発揮するのだ。
ただ、同じピッチャーである以上、本人の気持ちは何より優先しておきたい。
そんな思いを滲ませながら慎吾が確認すると、
「……でも、今のままじゃ強いやつに太刀打ち出来ないのだけは確かなんだ。だったら挑戦してみるのも、ありなんじゃないかと思う」
猿田がそう答えた。
どうやら、先日の夏の大会で海王大付属に打ち込まれたのは、彼にとっても大きな経験だったらしい。
思いの外前向きな答えを得た慎吾は、安心したように微笑む。
「そ、そっか。なら、明日から——」
「ごめん、それは無理。せめて秋大までは、今のフォームでやらせて。それでダメだったらもう諦めるから」
「あ、はい」
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