第4話 死角からの刺客

「……ねえ、あれで良かったのかな」


 翔平と話し合った翌日。

 その日もいつも通り部活があるので、駅へ向かおうと慎吾が芽衣と歩いてると、隣の芽衣が口を開いた。


「……こっちは来て下さいって頼んでる立場だからね。それに、そう悪い条件でもないと思うよ」


 慎吾がちらと芽衣を見て言うと、


「んー、まあ、それはそうなんだけどさ」


 芽衣が口を尖らせる。


 昨日の話し合いは、結局翔平の提示した条件を慎吾たちが受け入れる形で終わった。つまり、今から2ヶ月以上先、10月の中旬に行われる文化祭での招待試合の結果如何で彼の進学先が決まることになる。


 慎吾はまだ相手も決まっていない試合に進学先を賭けていいのか、と何度も翔平に確認したが、彼の意思は変わらなかった。


「なんかそういうの面白そうじゃないですか。それに、青嵐入れば芽衣ちゃんいるし」


 最初は随分まともな子だと思っていた親友の弟への認識を、改めざるを得なかった。つまり、まともではないと思った。


 しかし条件自体については、先ほど芽衣に言った通り、慎吾はそれほど悪いと思っていない。


 まず、いくら強い高校と試合したいと望んだところで、その「強い高校」とやらのスケジュールは通常ほぼ埋まっているし、仮に空いたとしても、強豪との試合を望む高校は全国に沢山ある。


 そうなると今度は実績やコネがモノを言うのだが、青嵐野球部には特に何の実績もない。コネの方はどうかと言えば、そちらも慎吾の知る限りはない。何せ、監督の依田は経験の浅い野球の素人なのだ。コネがある方が不思議だ。

 

 つまり、文化祭の招待試合そのものが流れるか、流れなかったとしてもそこそこの相手に収まるのではないか、と慎吾は見ていた。そして、そこそこの相手なら、青嵐にもやりようがある。


 ……だから大丈夫なはず。

 そう慎吾が自分に言い聞かせていると、


「でも、なんとなーくヤな予感がするんだよねぇ」


 芽衣が頭の後ろで腕を組みながら、空を見上げる。


「……不安になるようなこと言わないでよ」


 実は慎吾も、少しだけ嫌な予感がしていた。


* * *


 練習開始前。

 慎吾と芽衣はスカウトの結果を報告するため、依田の元へ向かった。

 依田は相変わらず、職員室で異質な存在感を放っている。


「——という感じで、文化祭の招待試合に勝ったら、みたいな条件がつきました」


 慎吾が報告を終えると、黙って聞いていた依田が「見かけによらず、随分吹かすんだな。村雨は」と言った。本気で招待試合に強豪校を呼ぶつもりの依田からすれば、そう見えるのだろう。


 一方、慎吾の方でも流石に依田を前にして、「そう簡単に強豪校とは試合を組めませんよ」などとは言えない。「そうですかね?」などと適当にお茶を濁していると、後ろの方で職員室のドアの開く音がした。


 すると、依田が立ち上がり、「どうでした、先生?」と駆け寄る。

 訝しく思った慎吾と芽衣が振り返ると、そこにいたのは野球部部長の森。ただの気のいい爺さんのような見た目ながら、円熟味溢れるノックは慎吾の印象にも残っている。


 その森が、見た目通りのしゃがれ声で依田に答えた。


「向こうはいいですよ、と言ってました」

「本当ですか!? ありがとうございます! 流石先生ですね!」

「昔とった杵柄というやつですよ。私なんぞ大した人間ではありませんから」

「またまた、ご謙遜を」


 何やら盛り上がる大人二人に置いてけぼりにされた高校生二人は、「……何の話?」「さあ」と顔を見合わせた。


 彼らの様子に依田も気付いたのか、


「そうだ! 今ちょうどそのことについて、村雨たちと話していたところなんです。先生の口から、ぜひ教えてあげて下さい」

「いやいや、そんな大した手柄じゃ——」

「いや、大した手柄ですよ。少なくとも、自分には絶対できませんから」


 謙遜する森を引っ張り、二人の元へ連れてくる。

 困惑する慎吾と芽衣に、依田が自信たっぷりに告げた。


「君ら、たった今話してた招待試合の件だがな、相手が決まった。それも狙い通り、れっきとした強豪校だ」

「……えーっと、どこでしょう?」


 慎吾が促すと、依田が尊敬の目を森に向ける。

 森は仕方ないという風に口を開いた。


「……海王大付属です」

「「……」」


 慎吾と芽衣は、無言でしばらく見つめ合った。

 かと思うと、芽衣が肘で軽く慎吾を小突く。


「ほらー、だから言ったじゃん」

「えぇ!? これは僕のせいじゃないでしょ! ……というか、それを言うなら、さっき雪白が『嫌な予感がする』なんて言うから——」

「それは流石に関係なくない?」


 やいのやいのと言い合う二人を置いて、依田が森に話しかける。


「しかし、驚きましたよ。先生の母校が海王大付属だったなんて」

「……もう、ずいぶん昔の話です。今の海王大付属の監督が、私が高3の頃の1年生でしてね。当時目をかけてやったのが、今になって還ってくるとは、いやはや、私も歳を取ったものです」


「それだけ、先生が慕われていたんでしょうね」

「慕われていたかどうかは分かりませんが……とにかく、私もこんな風に動いたのは久々ですよ。それもこれも、君たちのおかげだ」


 不意に森が、慎吾と芽衣に向き直った。

 依田とは違う静謐な雰囲気に、二人は何となくいずまいを正す。


「最近の君たちの練習風景を見ていたら、私も何か貢献できないかと思ってね。こんな形ではあるが、どうか受け取ってもらえないだろうか」

「「……」」


 流石に断れる雰囲気ではなさそうだった。 

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