第2話 新キャプテン
主将決めのミーティングの翌日。
グラウンドに引かれた一塁側ファールラインの前に整列した野球部員の中の、一番端に慎吾はいた。
「じゃ、代替わり一発目の挨拶、頼んますよキャプテン!」
「……頼むぞ、キャプテン」
副主将の猿田と福尾が隣からにやにや声をかける中、苦虫を噛み潰したような顔で慎吾は声を張り上げた。
「気をつけ、礼!」
「「「おしゃーす!」」」
率先して頭を下げる慎吾に続いて、皆がグラウンドに礼をする。
慎吾はそれを横目に見ながら、昨日のことを思い出した。
* * *
「てかさ、村雨は? 俺ら、打倒山吹をこれからやんだろ? だったら強豪のことを一番よく知ってる、村雨が主将やるべきじゃねえの?」
石塚がそう口にした後。
ダークホースの登場に、会議はその日一の盛り上がりを見せた。
「……ありかもな、それ」
ぼそっと福尾が呟くと、
「……ありどころか、言われてみればそれしかなくね?」
猿田が続いて言う。
二人とも自分が主将になるのを回避したいがために新たな候補を応援したというよりは、思わず漏れた本音であった。
主将候補二人の援護射撃により、一気に会議の流れが変わる。
「石塚ってバカだけど、時々核心突くよな」
「な。ほんと偶には良いこと言うんだよ。バカだけど」
「……お前らもしかして、俺に喧嘩売ってる?」
「村雨キャプテンか……うん、いいと思う。石塚はバカだけど」
「お前に至っては最後無理矢理入れただろ!」
慎吾は戸惑った。
石塚の案を耳にした時、彼は皆がこれほど真面目に受け取るとは思っていなかったのだ。それもそのはず——。
「ちょ、ちょっと待ってよみんな。しばらく公式戦に出られないんだよ? 僕は。その僕を主将にして、試合はどうするの」
慎吾は転校から1年の間、公式戦に出場できない身。
そんな自分に主将を任せるなど狂気の沙汰だと訴えてはみたものの、
「そこはまあ、公式戦だけ代理で主将たてればなんとかなるだろ。副主将を主将にする、とかいくらでもやりようあるし」
「……」
福尾の意見に、慎吾は黙らざるを得ない。
端っこの席で成り行きを見守っていた芽衣も「私も支えるから、頑張ろ?」などと何やら張り切り始め、会議は完全に、キャプテン村雨の爆誕で終わるかに見えた。ところが——。
「ちょっと待った。主将ってやっぱり、じゃんけん強くないとダメじゃね? 村雨って、じゃんけん強いの?」
「「「……」」」
流れを止めたのは、またも石塚。
お前が村雨を推したんだろ! とその瞬間全員の心が一つになったものの、石塚の言うことにも多少の説得力があると感じたのか、皆黙って考えていたのだ。
そう、じゃんけん。
じゃんけんがどうしたと思うかもしれないが、その実中々侮れたものでもない。
高校野球では、通常じゃんけんで先攻後攻を決めるからだ。
そして、先攻か後攻かというこの僅かな差が、精神的に未熟な高校球児のプレイする高校野球において、試合の行方を決定づけることなど珍しくもなんともない。
石塚の意見に沈黙する部員たち。
それを呆れたように眺めていた依田が、仕方なしに口を開く。
「……じゃんけんすればいいだろ。名前の上がった3人で」
「……天才ですね、監督」
「……確かに、その方法なら」
「うん、いいと思う」
依田の提案に皆が納得し、主将の座を押し付けられかけていた慎吾も、渡りに船とばかりに同調した。猿田と福尾も渋々頷き、3人が教卓の方へ進み出る。
「……どうする? 一発勝負かサンマか、それともゴマか」
緊張の面持ちで慎吾が尋ねると、猿田は「そりゃお前、こういう時はサンマだろ。なあ?」と福尾を見、福尾はぶんぶん首を縦に振る。
(こういう時はサンマって……どういう基準?)
慎吾は不思議に思ったものの、幼馴染の二人にしか分からない地元ノリがあるのだろうと、特に聞かずに心の準備をする。
「あ、もちろん男気な。じゃんけん強いやつが主将になるべきってルールなんだから」
付け足すように猿田が言い、慎吾と福尾は頷いた。
男気じゃんけん。勝った者が罰ゲームを喜んで受け入れ、負けた者は罰ゲームができないのを悲しまなければならないというルールである。
地域にもよるが、負けた者がうっかり喜んだりしたら、ペナルティとしてその負けた者に罰が移るというルールが多い。
そして、男気じゃんけんによるサンマの結果——。
「……よっし、勝った。勝てた」
「あーあ、キャプテンやりたかったのになあ」
「マジでそれな。まあ、じゃんけん負けちゃったし、仕方ないから村雨に譲ってやるよ」
虚ろな目で慎吾が喜び、福尾と猿田はにやけそうになるのをなんとか堪えながら、ほとんど棒読みで敗北を悲しんだ。
* * *
——こうして、今に至る。
「何渋い顔してんのキャプテン。せっかくじゃんけんに勝って、やりたくてやってんだからもっと楽しそうにしないと」
「そうだぞキャプテン。キャプテンが渋い顔してると、チームにその空気が伝染するぞ」
皆わざとらしくキャプテンと連呼して、慎吾に絡んでくる。
いい加減鬱陶しくなった慎吾は、やけくそになって彼らの声を振り払うように叫んだ。
「ああ、もう! そうだよ、僕はキャプテンだよ! だから黙ってついて来い! ランニングいくぞ!」
爆笑しながらも「ようし!」と応じて慎吾についていく部員たち。
そんな彼らを、ジャグの準備をしていた芽衣は、目を細めて眺める。
「……あのくらいの扱いの方が、村雨にはちょうどいいのかな?」
慎吾との関わり方に、日々悩む芽衣だった。
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