第29話 3人の末路
「まあ待て、敦史」
3人を殴ろうとした、副主将の野田。
彼の肩を掴んで止めたのは、主将の酒井だった。
勢いよく振り返る野田に、ゆっくり首を振ってみせる。
「……まさかお前、こいつらを許すって言うつもりじゃねえだろうな」
「そうは言ってないだろう。俺も正直、この3人には怒り心頭だ。けど、いじめに関して言えば、共に寮生活をしていながら気づけなかった、止められなかった俺たちにも責任がある。それを認めないと、彼らと同じ穴の狢になってしまう」
「……そうは言うけどよぉ、やっぱり納得いかねえよ」
ボソリと吐き捨てつつも、酒井の言葉に一定の理を見出したのか、すごすごと引き下がる野田。一方、腕力に訴えようとした野田を止めてくれたことに、中谷たちはひとまずほっとした。
「さ、流石キャプテン! ほんっとうに心が広くて、こっちも一生ついて行きたいくらい——」
すぐさま大田が酒井を持ち上げようとすると、
「……言い方が悪かったな。俺は別に、君らのためを思って言ったわけじゃない」
酒井がそれを遮って、今度は自分が野田の前に出た。
一見普段通りのその声に、3人はなぜか野田に対して抱いた以上の恐怖を覚えた。
「……ど、どういうことでしょう?」
「君らはバカだから、もっとはっきり言ってやらないと分からないみたいだ。……君らを殴るようなマネをすれば、殴った方の拳が汚れるんだよ。だから殴らない方がいいと、俺はそう言ってるんだ」
「……」
「それに、個人的なことを言えば俺も敦史と同意見だ。
敦史や晴山と違って俺は一応主将だし、彼らのように気持ちのままに動けるほど純粋でもないから今はこうして抑えているだけで、君らにはある程度痛い目を見て欲しいと心の底では思ってる。
……ああ、こうして口に出している時点で、『心の底』ではないか」
凍りついたように黙る3人。
そんな彼らを一顧だにせず、酒井は続ける。
「さて、俺たち3年は君らのおかげで、今日をもって硬式野球部を引退することになるわけだが……君らはどうする? 俺たちと一緒に仲良く引退する? それとも学校ごと辞める?」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! そんなのほとんど脅しじゃないですか!」
小谷野が反論すると、酒井は一瞬目を丸くした後、くつくつと笑った。
「……何がおかしいんですか」
「いや、俺は別に脅しで言ったつもりじゃなくて、純粋に親切心で言ったつもりだったんだ。まさかそういう風に受け取るとは思わなかったから、ちょっとびっくりして」
「……どういう意味ですか」
「意味? そんなの、ちょっと周りを見てみれば分かるはずだ」
酒井に促され、3人は改めて周囲を見回した。
彼らを囲んでいたのは、敵意に満ちた野球部員たちの視線。
夏の大会という、高校球児にとって一番の晴れ舞台。
それを失う原因となった3人への信頼は、既に地に落ちていた。
「君ら今、針の筵なんだぜ? どう考えてもここに残る方が、茨の道だと思うけどな」
「……」
結局、3人は自ら進んで酒井の「助言」に従った。
その後、野球界で彼らの名を耳にした者は誰もいない。
* * *
「ね、見てよこれ」
数日後。
朝練に向かうべく早い時間の電車に乗っていた慎吾へ、隣に座る芽衣が何やら興奮気味にスマホの画面を見せてきた。
そこに載っていたのは、今朝リリースされたとあるネット記事。
見出しには「山吹実業、まさかの出場辞退」という文字が踊っている。
「ごめん、ちょっと貸して」
慎吾は思わずスマホを取ると、記事の内容をくまなく見た。
その記事が正しければ、山吹実業は一部上級生による下級生への部内いじめの発覚により、出場を辞退したらしい。
さらに、監督不行き届きを理由に八木監督が解任されたという。
「これは……」
芽衣にスマホを返した後、慎吾は放心したように座席へ身を沈めた。
特に悲しいわけではない。
しかし、ざまあみろとも思えなかった。
「たぶんあいつらも、見てるよね。この記事」
「……ああ、そうか」
芽衣に言われて、初めて慎吾はそのことに思い至る。
彼はまだ、芽衣以外の部員に山吹実業でのあらましについて語っていなかった。
「……どうすんの? 村雨」
「そうだね……むしろ、ちょうど良い機会かもしれない。どのみち、ずっと隠し続けられることでもないし」
慎吾はついに腹を決めた。
先日の洋平との会話といい、心のどこかに引っかかっていたことを一つ一つ潰してゆくような、そんな爽快感があった。
* * *
その日の部活終わり。
「ちょっとだけ、時間いいですか? その……僕が青嵐に転校してきた理由について、そろそろみんなに話しておきたくて」
慎吾が言うと、それまで喧騒に包まれていた部室内が、水を打ったように静まり返った。心配そうにこちらを見る芽衣に向けて、慎吾は一つ頷く。
「……あー、それって、今日のあのニュースに関係してたり?」
例のネット記事を見たらしい福尾の質問に、慎吾はまた頷く。
すると皆、何やらそわそわし始めた。
どうやら皆その記事を見かけていて、本当は慎吾に色々聞きたかったのだろう。
「……あ、興味なかったら別にいいんだけど——」
「興味はあるよ。村雨だってもう、ここの一員なんだ。どういう風にこっちに来たのか、みんな知りたいと思ってる」
なんとなく怖気付いた慎吾が予防線を張ろうとすると、猿田が遮ってそう言った。その言葉に勇気づけられ、慎吾は重い口を開く。
「福尾が見たっていう記事とはたぶんもろに関わってるんだけど、実は僕もその、向こうでいじめられてて——」
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