第28話 権利と義務

「八木監督の解任及び、夏の大会出場辞退を決定しました」


 木佐貫のその言葉に、室内は静まり返った。

 一瞬茫然自失の状態を経てから、


「……はァ? いや、ちょっと待って下さいよ! なんでそんなこと、勝手に決めてるんですか!?」


 思わずソファを立ち、執務机に詰め寄る3人。

 そんな彼らを、木佐貫は眼鏡をかちゃりと上げ、正面から見据える。


「……どうやら、事の重大さを理解していないようだね。

 はっきり言って我が校は、君たち硬式野球部を中心に成り立っている。決して偏差値が高い訳でもなく、進学実績も芳しくないウチが定員割れしないのは、君たち野球部の先輩方による活躍で作り上げられた、一種のブランドのおかげだからね。

 故に君たちは、授業やその他様々な場面において、他の生徒とは一線を画した特権的な恩恵を受けている」

「……それならなおさら、夏の大会で勝ち進んで評判を取り返さないと——」


「いいや、違うね。

 むしろ評判を取り返すためには、今回の件に厳しい処分を下すしかない。なぜって、君らが校内で特権的な扱いを受けていることは世間も承知で、その分こういう時には、厳しい目が向けられるから。山吹実業硬式野球部というのは、君たちが思っている以上に注目度が高いんだよ」

「……」


「そもそも、権利とは常に、義務を伴うものだ。そして君たちは、我が校の野球部員としての『義務』を果たせなかったんだよ。……まあ、君たちのような部員の行動を見過ごした八木監督や、その八木監督を招聘した私の責任でもあるわけだけどね」


 呆けたように黙りこくる3人をよそに、木佐貫は席を立った。


「さて、話はこれで終わりです。私も本件に関する処理で後が支えているからあまり君たちだけに構うわけにもいかないので、反論があるなら今聞いておくけど、どうする?」

「……そうだ、親父は? 親父はOB会長だ。こんなことがあれば、黙ってないはずですよ!」

「……わざわざ時間を取っておいて、出てきた反論がそれですか」


 興奮する中谷に、木佐貫はため息をついた。


「君のお父上は、八木監督が自分に忖度してやったことで、寝耳に水の話だと仰っていたね。自分がOB会にいることで部に悪影響が生じるなら今すぐにでもOB会長を降りるし、いじめられた被害者のところには必ず君の頭を下げに行かせる、何なら君を勘当するとまで息巻いていた。伝統ある山吹実業野球部の名をまさか息子が汚すことになるとは、と大層お怒りのご様子だったよ」

「……」


「まあ、君は今スマホを持っていないから連絡を取れないのだろうけど、いずれお父上の方からコンタクトがあるはずだ。その時に、家族水入らずでゆっくり話し合って下さい」

「……分かり、ました」

「ちょ、ちょっと待って下さい!」


 力なくソファに頽れる中谷に代わって、今度は小谷野がずいと前へ出る。


「やっぱり、出場辞退はないですよ。3年生の先輩方は何もやってないのに、気の毒過ぎますって」

「……よりにもよって、君がそれを言うのか」


 木佐貫は、再びため息をついた。

 反論があればどうぞとは言ったものの、ここまで碌でもない意見ばかりだとは思わなかったのだ。


「確かに3年生は気の毒です。でも、我々にその判断をさせたのは君たちだ。

 ……ああ、それと。この音楽プレーヤーを提出してくれた木島くんは、最後まで提出をためらってたよ。同部屋の3年生に気を遣って、夏の大会が終わった後で提出しようと思っていたようだね。ところが今回、晴山くんの一件が起きたせいで、苦渋の決断を迫られることになったようだ。つまり、今すぐ音楽プレーヤーを提出して晴山くんの情状酌量を訴えるのか、それとも予定通り夏の大会が終わるまで事を荒立てないようにするのか……。大変悩んだと思う。

 そんな彼が言うならともかく、君が今更3年生を気の毒だの何だのと言うのは、私は筋違いだと思うよ。……さて、他に反論は?」


 最早3人から、声は上がらなかった。

 ソファを立ち上がり、すごすごと校長室を立ち去ろうとする彼らの背中に、「あ、最後にもう一つ… …いや、二つか」と木佐貫が声をかける。


 まだ何かあるのか。

 そう思いながら振り向いた3人に、木佐貫は厳しい目を向ける。


「まず、君たちはこれから停学ね。謹慎じゃないよ、停学だよ。

 それと……今回の件で、余罪が無いか念のためヒアリング調査を行ったんだけど、今年の春に転校した村雨慎吾君という部員に関しても、君たちによるいじめがあったのではないかという証言がいくつか出ている。このことについて、どう思うかな?」


* * *


 さて、すっかりしおれ果てた3人が寮に戻ると——。


「……よくもやってくれたな、てめえら」


 寮の入り口の前には、山吹実業が誇る野球部員の面々が、勢揃いで待ち受けていた。

 最初に3人に声をかけたのは、副主将の野田だ。

 そのあまりにどすの効いた声に、彼らは震え上がった。


「……どうしてくれんだよ、なあ。こっちは夏の大会に懸けてたってのに、お前らのせいで全部パーじゃねえか。この落とし前、どうつけてくれんの?」

「……」

「さっさと答えろよこのクズどもが!」


 無言で固まる3人に野田が殴りかかろうとすると、


「まあ待て、敦史」


 彼に待ったをかける男がいた。

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