第27話 下された処分
慎吾、芽衣の二人と別れた後、洋平は家に着くなり早速自室に置いてあるバットを取った。カーテンを開け、窓ガラスに映る自分のフォームを確認しながら1回1回、丹念にバットを振る。
(……慎吾のやつはすげえな。次会う時にはもっと胸を張れるよう、俺も頑張らないと)
そうして数十回ほど振った頃だろうか、家のどこかで電話の着信音が鳴った。それも、スマホではない。固定電話だ。
洋平はリビングに出ると、受話器を取った。
もしもし、と型通りに言うと、受話器の相手の向こうは山吹実業の校長・木佐貫だと名乗り、晴山洋平くんはいらっしゃいますかと尋ねてきた。
「自分がその晴山洋平ですけど」
『おお、君がそうだったのか! いやあ、家にいてくれて良かったよ。至急伝えたいことがあったからね』
「……まあ、謹慎中ですから。なるべく家にいた方がいいでしょう」
『でも、さっき電話をかけた時は誰も出なかったがね』
「……すいません、実はちょっと外出してました」
『なるほどね。ちなみに、電話をかけたというのは嘘だよ』
「……」
(鎌かけやがって、この狸親父め)
自分のことを棚に上げて、木佐貫を恨む洋平だった。
「……それで、至急の用ってのは?」
『ああ、そうだった。えーっとね、まず、君が同じ野球部員の中谷くんに暴力を振るった件についてだけど。諸状況を勘案した結果、情状酌量の余地があるということで、謹慎の期間が1週間縮まりました』
「……え? じゃあ、もしかして、夏の大会にも——」
『そう、そのことなんだけどね』
謹慎の期限が縮まったことで、夏の大会に出場できるかも。
そんな期待を滲ませる洋平を、校長は低い声で遮った。
なんとなく不穏なものを感じつつ、洋平は無言で続きを促す。
『寮にいる部員にはこれから通達するから、一番最初に知るのは君なんだけど——』
* * *
場所は移って、山吹実業高校。
中谷・大田・小谷野たち3人は、校内アナウンスで校長室に呼び出された。3人は顔を見合わせてから、呼び出された以上は仕方がないと校長室に出向く。
ノックをして入ると、そこには校長の木佐貫と、監督の八木の姿があった。手前のソファに座る八木は肩を落として力なく項垂れており、その向かいの椅子に座る木佐貫は、感情の読めない笑みを浮かべている。しかし、眼鏡の奥の目は笑っていない。
「よく来てくれたね。さて、3人ともそこに座ってくれるかな。あ、八木監督はもういいですよ。お疲れ様でした」
どうも、と震えた声で呟きながら校長室を去る八木を訝しく思いながらも、3人は大人しくソファに座る。
そんな彼らの前で、木佐貫は執務机の上に指を組んだ。
「さて。なぜ君らがここに呼ばれたのか、思い当たる節はあるかな?」
「……いえ、全く」
3人を代表して、中谷が答えた。
木佐貫はそうかそうか、と満足げに頷く。
「では、この音声をちょっと聴いてもらいましょうか。君らはたぶん、聴き覚えがあるはずだ」
「……?」
木佐貫はポケットから音楽プレーヤーを取り出し、机の上に置くと再生ボタンを押した。
すると、いきなりバン、という壁を叩くような音。そして——。
『テメエと同部屋の3年が、ベンチ入りしてるだろうがァ!』
『あー、石井さんのことっスね……なるほど、連帯責任ってヤツっスか?』
『当たり前だろ。寮の同部屋の先輩の尻拭いは、後輩がするもんだ。そう教わらなかったのか?』
少しの間、無音の後。
『あいにくっスけど、教わりませんでしたね……あんたらみたいな残念な先輩は、中々いないんで』
* * *
「——と、いうわけだ。君たちはこの音声についてどう思う?」
木佐貫が3人に聴かせた音声。
そこには彼らが木島に加えた暴行の一部始終が、はっきりと録音されていた。
「「「……す、すいませんでしたァ!」」」
流石に言い逃れできないと感じた3人が、揃って頭を下げる。
木佐貫はその様子を、冷ややかな目で見つめていた。
「僕に謝っても意味ないですよ。まずは木島くんに謝らないと。そして、君らのせいで大幅なイメージダウンを喰らうことになる、山吹実業高校硬式野球部にもね。ああ、それと高野連のお偉いさんが、今回の件を残念に思っているようだね」
高野連、という言葉を耳にして、中谷が恐る恐る質問する。
「……その、もしかして、高野連から何か処分が——」
「うん、まあ、正式な処分は追って通達されるはずだけど……ひとまず八木監督の謹慎と当該部員——これは君たち3人と晴山くんだね——の出場登録停止、そして夏の大会直前までの対外試合禁止だね」
「そ、そうですか……」
3人はほっと胸を撫で下ろした。
正直言って、元々ベンチ入りできていない自分たちの出場登録停止など痛くも痒くもないし、洋平の出場停止に至っては殴られた側としてはざまあみろとしか思わない。
後はとにかく夏の大会にさえ出場できれば、3年生からの恨みを買うこともないから、問題ない。いくら他の部員に隠れて好き勝手やっていた彼らとはいえ、上級生から憎まれるのは恐かった。
そんな3人の魂胆を見透かすかのように、木佐貫が続ける。
「……ただね、我が校の理事会が、今回の事態を重く受け止めている。なにせ音声という記録が残っているから、これは大スキャンダルだ。ここは自ら厳しい処分を下すことでこれ以上のイメージダウンを食い止めるべし、という意見が非常に多かったので、八木監督の解任及び、夏の大会出場辞退を決定しました」
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