第26話 謝罪と二度目の約束

 芽衣の協力のおかげもあってか、その日の晩に面会は実現した。

 謹慎中の洋平が暇だったうえ、青嵐野球部の練習はたまたま午前中のみと、お互いにちょうど良く予定が噛み合ったのだ。


 場所は駅前のファミレスになった。

 心配した芽衣が過保護かな、と思いつつ「私も行くよ」と提案すると、慎吾は「助かる」とあからさまにホッとしていた。


 そんなわけで、今3人はファミレスの一つのテーブルを囲んでいる。

 片側に洋平、もう片側に芽衣と慎吾という構図で、慎吾と洋平が向かい合わせだ。


 時刻は4時過ぎ。

 梅雨の時期だからか、外ではしとしとと雨が降り注いでいた。


「……よ、よう。久しぶりだな、慎吾」

「う、うん。久しぶり」


 ぎこちなく片手を上げる洋平に、慎吾もまたぎこちなく応じる。

 芽衣はというと、ひとまずは黙ってその場の成り行きを見守るつもりでいた。しかし——。


「……というか、なんで芽衣がここにいんの?」


 洋平からすれば、芽衣と慎吾が並んで座っているのが不思議だった。

 それもそのはず、彼は慎吾が芽衣と同じ学校に通っているのを知らされていない。二人が中学時代に仲良かったという覚えもないので、慎吾へ謝罪しに来たつもりが、唐突に不自然極まりない状況に遭遇したというのが洋平の認識だった。


「何でって言われても、今私たちクラスメイトだから。ね?」

「というか、部活も同じだね」

「部活も同じって……まさか、野球か?」

「……うん」


 慎吾が頷くと、洋平は「良かったー……続けてたんだな」とへなへな崩れ落ちた。それから不意にパンッと自分の両頬を叩いたかと思うと、背筋を伸ばし、深々と頭を下げる。


「……その、悪かった! 裏切り者とか言っちゃって。俺、慎吾の気持ちを考えずに、自分の気持ち押し付けてたわ」

「いいよ、別に。洋平との約束を破ったのは事実だし」


 慎吾は本心からそう答えた。


 裏切り者という言葉には確かにグサリときたが、そもそもそれは彼が山吹実業を辞めると決心した後の出来事。

 洋平には一度庇ってもらったこともあるので、彼に恨みは抱いてなかった。

 もっとも、多少の隔意があるのは事実だが。


 一方の洋平は、許されたから良かった、と思うほど流石に能天気ではなかった。

 顔を上げ、真面目な表情で続ける。


「……いや、でも、やっぱり何かお詫びをさせてくれないか。俺は慎吾がその、つまり——」

「いじめ、ね」

「そう、いじめを受けてることに、気付けなかったんだ。だから俺にも、責任がある、と思う」

「責任、か……分かった。そこまで言うなら、僕から一個頼みがある」

「お、おう、何でもどんと来い」


 にやっとする慎吾に少しだけ怖気付きながら、洋平が胸を叩いた。

 慎吾はそんな洋平の心境に気付き、内心苦笑しつつ口を開く。


「もし、次の夏の大会で、僕らのいるチームと当たることになったら……一切手加減せずに、やって欲しいんだ」

「……え、それだけ?」


 拍子抜けする洋平に、慎吾は改めて大きく頷く。


「正直、こっちに来てから結構楽しめてるんだ。だから洋平には、気にせず野球をして欲しい。僕もそのうち、必ずマウンドに戻るから」

「……そっか。やっぱり、慎吾はすげえな。俺じゃとても敵わないわ」


 感心したように呟く洋平に、慎吾は腕を差し出す。


「……?」

「もっかいしとこうか、約束。今度は破らないから」


 慎吾が言うと、洋平は神妙な顔で頷く。

 二人は腕を、軽くぶつけ合った。


* * *


「それで? 洋平は今どうして、謹慎してるの」

「あー、それはだな——」


 洋平は謹慎の件について慎吾に洗いざらい白状した。


「……そんなことが。それでその、木島くんって子は大丈夫なの?」


 話を聞き終えた慎吾が尋ねると、洋平は頷く。


「謹慎になる前に、殴った理由とかは全部同部屋のやつに話しといたんだ。だから、仮に上がいじめを認めなかったとしても、あの二人なら木島を守ってくれるはず」

「洋平の同部屋って、誰だっけ?」

「神谷と石井さん」

「……そっか、それなら安心だ」


 慎吾はほっと息をついた。

 彼の覚えている限りでは、二人とも悪い人間ではなかったはず。

 一方、そんな慎吾を見て、洋平は感心していた。


「……でも、あの3人のことじゃなくて、会ったこともない木島を真っ先に気にかける辺りが慎吾らしいな」

「それはその、僕がいなくなった後に標的になったのなら、僕にも責任があると思って……」

「そういう風に考えるところも、慎吾らしい」

「確かに、村雨はそういうとこあるね。私はそういうの、嫌いじゃないけど」


 何となく二人に褒められているというのだけは分かったが、自分の性格に自覚のない慎吾は戸惑った。

 そんな彼を見て少しばかり笑った後。

 不意に真面目な表情に戻って、洋平は言う。


「……正直、前までは嫌いだったんだ、慎吾のそういうところ。

 マウンドでは堂々としてるくせに、グラウンド出るとなんでオドオドするんだって。弱いやつみたいに振る舞うなよって。……でも、停学中に色々見つめ直してみて、それは間違いだったって分かった」

「間違いだったって……どういうこと?」


 テーブルから軽く身を乗り出す慎吾に向かって、洋平は続けた。


「お前は強いやつなんだ。ただ、その強さがちょっとだけ、普通より分かりにくいだけなんだ、って」


* * *


 その後3人でひとしきり話し終え、店を出ようとした頃。


 3人分をまとめて洋平が会計している間、真っ先に店を出た芽衣が、「ねえ! 見て見て!」と興奮気味に空を指さす。

 彼女の後を追って外に出た慎吾も、釣られて芽衣の示す先を見た。

 するとそこには——。


「……きれいだね」

「でしょ?」


 雨上がりのカラッと晴れ渡った青空に、大きな虹がかかっていた。

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