第25話 仲介者の苦労
「……裏切り者、って言っちゃったんだ。あいつのこと」
「それは……酷いと思う」
洋平が告白した後。
しばしの絶句を挟んで、一段温度の下がった声で芽衣は言った。
洋平は頷いた。
「うん、俺もそう思う。でも、あの時は言わずにはいられなかった。
同じチームで一緒にベンチ入りして甲子園行こうぜって言い合ってたのに、急にやめるなんていうから、なんかすげえ悲しくなって。
こっちは慎吾なら絶対最後には復活できるって信じてたのに、なんでお前はそうなんだって」
「……それって結局、洋平の気持ちを押し付けてるだけじゃない? 村雨のこと、全く見てないと思う」
芽衣が静かに指摘すると、「そうなんだよ!」と洋平は彼女の方を向く。
「今ならそうと気付けるのに、肝心な時に俺は……しかも、あいつがいじめられてることなんて、こっちは知ろうともしてなかったんだ。その兆候は、この目で俺も見てたはずなのに」
グッと拳を握りしめる洋平。
芽衣はそんな彼を横目に見ながらため息をつく。
「……ま、勢いで殴っちゃったあんたがバカなのはその通りなんだけどさ、その3人組には何もないわけ? お咎めみたいなの。そもそもそいつらが、どう考えたって一番悪いじゃん」
「……調べてくれるとは言ってたけど、どうなるかな。あいつら、その辺ずる賢いから。実際、寮で暮らしている俺らですら気付かないようなところで、上手くやってたみたいだし」
「なるほどねぇ……」
難しいな、と芽衣が宙を見上げた。
洋平は俯き加減のまま、話を続ける。
「……とにかく俺は、慎吾に謝りたい。あの時、裏切り者って言ったこと。でも、どうやってあいつに会えばいいか……」
「はあ? 今どきいくらでもあるでしょ、連絡手段くらい。スマホ使えばいいじゃん、スマホ」
芽衣の当然とも言える指摘に、洋平はハッとした顔で彼女を見た。
「……確かに! よく気づいたな、芽衣は!」
「……あんたもしかして、原始人か何か?」
呆れたようにつっこむ芽衣をよそに、洋平は「ちょっと待ってろ」と言い残して彼の家へ向かった。数分後、手にスマホを持ち、ばつの悪そうな顔で戻ってくる。
「うちの寮、スマホ禁止なんだよ。その生活が身体に染みついちまって、すっかり忘れてたわ」
「……なんかあれだね、謹慎中の方がむしろ自由そうだね。洋平んとこの野球部は」
「いや、冗談じゃなくマジでそれなんだよ」
そう言いながらも、何やらスマホを操作している。
芽衣が横でしばらく黙って見守っていると、洋平が画面を彼女に向けてきた。「こ、これでいいか?」と妙に自信なさげな様子だ。
画面には、LIMEのトークルームが表示されていた。
洋平と慎吾のもので、洋平のメッセージ入力欄には、
『久しぶり。前に酷いこと言っちゃったから、謝りたくて……慎吾さえ良ければ、今度会ってくれないか?』
と入力されている。
画面を見た芽衣は「ふーん、まあ良いんじゃない」と言ってから、流れるような動作で送信ボタンを押した。
「あー! お前、何勝手に!」
「いや、だって謝りたかったんでしょ。どうせ自分じゃ押す勇気ないんだし、むしろ感謝して欲しいくらいなんだけど」
目を見開く洋平に芽衣が言うと、
「……まあ、それもそう、なのか? うん、そうかもしれない。ありがとな、芽衣」
何となく納得できてしまったのか、混乱する頭を抑えつつ感謝の言葉を述べる洋平。しかし、彼が心の平穏を得ることはまだなかった。
「あ、既読ついた」
芽衣の指摘に、「……え? マジ?」と画面を見てから、
「……マジだ。慎吾が見てるんだよな、これ」
呆然と呟く。
「……そりゃ既読ぐらい付くでしょ、メッセージ送ったんだから」
言いながら、芽衣は慎吾が今自分の学校にいるのを、洋平には言わないことにした。慎吾の方では洋平に自分の居場所を知らせたくないと思っている可能性があるし、洋平の反応を見ていたら、伝えない方が面白いような気がしたからだ。
「ま、返事をするもしないも、権利があるのは村雨の方だから。洋平は待つしかないよ」
「……それはその通りだな。でも、マジでありがとな。こんなことに付き合ってくれて」
「……どういたしまして」
さて、どうなることやら。
芽衣は空を見上げながら、慎吾の顔を思い浮かべた。
* * *
「……雪白。なんか、洋平からLIME来たんだけど」
「……ヘー、ソーナンダー」
翌日の朝。
自宅から駅へ向かう途中で慎吾を前方に慎吾を見かけた芽衣が駆け寄ると、挨拶もそこそこに慎吾が言った。
「返事はした?」
「いや、まだ」
(やっぱり、返事してなかったんだ)
何となくそうだろうな、とは芽衣も思ってはいたが、慎吾のトラウマの根は思ったより深いらしい。
努めて明るい声を心がけながら「まあ、無理に返事することないんじゃ——」と言いかけたところ、
「でも、洋平とは話しておきたいんだ。そろそろ僕も、向き合わなきゃならないから」
それを遮るように慎吾が言う。
芽衣は思わず、隣の少年の顔を窺った。
「……向き合わなきゃいけないってことはないと思うけど」
芽衣自身もいじめられたことがあるので、キツさは身に沁みて知っている。彼女なりにその経験を振り返ると、逃げちゃいけないという思い込みは、自分をより苦しめるはずだった。
相手が直接いじめに関与していない人だとしても、その理屈は変わらない。しかし、隣の慎吾の顔は——。
「あー、僕の言い方が悪かったな。
その、つまり、逃げてもいいのは分かってるんだ。でも、やっぱりどこかすっきりしないというか、こっちに来てからせっかく楽しくやれてるからこそ、それが余計に引っかかってる、というか」
一晩考えてきたせいか、昨日よりすっきりとした顔つきになっているように見えた。これなら大丈夫かな、と芽衣は安心したように笑う。
「……そっか。なら、好きにしたらいいと思う」
「そうさせてもらうよ……で、雪白に一つ頼みがあるんだけど」
「何かな?」
「……LIMEの文面、一応確認してもらえないかな? こういうのあんまり経験ないから、自信なくて」
「……いいよ」
(なんで私、こんなことしてんだろ)
痴話喧嘩中のカップルの仲裁してるみたい、とこっそり思う芽衣だった。
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