第24話 謹慎と後悔
「……何やってんだ、芽衣。そんなとこで」
振り返ると、すぐ目の前に洋平が立っている。
心の準備をしていなかった芽衣が「げっ」と声を漏らすと、洋平は「げっ、じゃねえよ。驚きたいのはこっちだわ」と口を尖らせた。
そんな洋平を、芽衣は睨むように見上げる。
「……外出ていいの? 謹慎中じゃなかったっけ?」
「……謹慎って別に、そういうんじゃねえよ。課題が出るから、それやっとけばいいの。第一、コンビニにも行けなかったら息が詰まるだろ」
言いながら洋平が、左手に提げたコンビニのレジ袋を掲げる。
「ふーん、そういうもんか」
「そういうもん」
芽衣の感想におうむ返しに答えてから、洋平は頭を掻きつつ言う。
「……それで? なんか用があるんだろ。うち、上がってくか?」
芽衣は洋平を、上から下までじっくりと眺めた。
半袖短パンにサンダルという、非常にラフな格好をしている。
「……もしかして、今、一人?」
「そうだけど?」
「じゃ、やだ」
芽衣が言うと、最初洋平は「はあ?」と顔に疑問符をつけた。
それから何かに思い当たったのか、にやりとする。
「……まさかお前、なんか変な意識して——」
「断っっっじてそういうのじゃないから。単に二人きりの状況で、家に上がるのが嫌なだけ」
「あ、そう」
これ以上ないくらい冷たい芽衣の目に、洋平は真顔に戻った。
「……じゃ、その辺だな」
と道路を挟んで斜め向かいにある公園を指さす。
芽衣はこくりと頷いた。
* * *
「……はい、これ。マカロンのお裾分け」
公園のベンチに座ると、芽衣は早速ビニール袋にまとめておいた菓子を渡した。
「おー、4つも!?」
「言っとくけど、あんたの家で1人1個だから。独り占めしないように」
しっかり釘を刺すと、洋平が「もちろん、もちろん」と頷く。
そんな彼をなんか信用ならないなあ、と横目に見つつ、本題に入る。
「……それで? どーしてあんた、謹慎なんてしてんの。暴力事件でも起こしちゃった?」
「……」
「……いや、なんか答えてよ。それじゃまるで、図星みたいじゃ——」
「マジで図星だから、黙ってたんだよ」
「……え?」
芽衣は思わず、身体ごと洋平に向けた。
家が隣なせいで、洋平の性格は嫌でもそれなりに知っている。
芽衣個人の感情を排して見れば、余程のことがない限り、他人に暴力を振るうような人ではなかったはずだ。
山吹実業で過ごした1年ちょっとの月日が、洋平を変えてしまったのか。
それとも、「余程のこと」に該当するような出来事があったのか。
そんな芽衣の思考をよそに。
マカロンの入ったビニール袋を弄びながら、洋平が口を開いた。
「……聞きたいか? 殴った経緯。ちょっと長くなるけど」
「あ、結構でーす。長話聞くほどの興味はないんで」
「……お前なあ」
一瞬額に青筋を立てた後、「……わかったよ。なるべく手短に話すから」と息をつく。その後自分なりに頭の中を整理しつつ、中谷たち3人を殴るに至った訳を洋平は話した。
「——ってな感じ。どう思う、芽衣は」
「……うーん。そんなヤツらが目の前にいたら、流石の私でもムカつくだろうな。殴るかどうかは別として、ね」
腕を組みながら芽衣が答えると、洋平は自嘲気味な薄笑いを浮かべる。
「芽衣なら殴りはしないと思うよ。何だかんだで、俺より頭イイから」
「何だかんだは余計でしょ。確実に私の方が頭イイよ」
「……今は何も言い返せないのが辛いところだな」
「洋平の単細胞! バーカバーカ! あと、えっと……アホ! マヌケ! ドジ!」
「……何? 急に」
「だって、『何も言い返せない』って言うから、今なら悪口言い放題だなと思って」
「お前は鬼か」
そうツッコむ洋平の口元には、先ほどまでと違う純粋な微笑みが見えた。
ベンチの背もたれに背中を預け、羊雲のかかった青空を見上げながら口を切る。
「……正直な話、殴ったこと自体は後悔してないんだ」
「あ、やっぱりそうなんだ」
経緯を聞いて何となくそうだろうな、と思っていたところに言われたので、驚くよりむしろ納得した。そんな芽衣に構わず、「……ただ」と洋平が続ける。
「殴った動機には、後悔してる」
「……どういう意味?」
芽衣は頭の中に疑問符を浮かべた。
洋平は考え込むように眉間に皺を寄せながら、ゆっくり言葉を絞り出す。
「何つーかさ……純粋に木島や慎吾のことだけを思って、あいつらにムカついて殴ったってのだったら、もっとスッキリしてたと思うんだよ。でも、そうじゃなくてこう、『俺は悪くなかったんだ。こいつらとは違うんだ』ってのを、殴ることで確認しようとしてた自分が心の中にいる気がして……そういう自分が、すげえ嫌で」
「……つまり、自分にもちょっとは責任があるんじゃないか、って思うようなことがあったわけだ」
「まあな……俺さ、今考えれば、結構酷いこと言っちゃったんだよ。慎吾に」
「……酷いこと?」
芽衣は首を傾げた。
慎吾が校舎を出る間際、洋平にかけられた言葉を彼女は知らない。
彼が山吹実業を辞めるまでの経緯は以前本人から聞いたが、当時は細かいことに突っ込まなかったから。
しばしの沈黙を、重々しい口調で洋平が破った。
「……裏切り者、って言っちゃったんだ。あいつのこと」
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