第23話 お裾分け
「謹慎なんだって、あいつ」
芽衣が口にしたその時、一瞬慎吾は言葉を失った。
続いて、当然とも言える疑問が湧く。
「……どうして、そんなことに?」
「さあ、そこまでは何とも。私はたった今ママから聞いたとこだし。ママもおばさん——あ、晴山のお母さんのことね——から聞いただけで、晴山本人とは喋ってないらしいけど」
「……」
話の中身は一度置いといて、慎吾は洋平への同情を禁じ得なかった。
自分の謹慎の話が巡り巡って慎吾の耳に届くなど、当の本人は思ってもみなかっただろう。
「……気になっちゃいます? やっぱり」
「……どうだろう」
悪戯っぽくこちらの顔を覗き込んでくる芽衣から目を逸らした。
正直、気にはなる。
気にはなるが、知ってしまうことへの恐さもあった。
自分が山吹実業を辞めて数ヶ月が経つとはいえ、例の件が関係していないとも言い切れなかったから。
慎吾の怯えを見透かしたのか、芽衣は一転して心配げな顔をする。
「……無理しない方がいいよ、村雨。せっかく最近、楽しくなってきたところなんだし」
「……ごめん、なんか気を遣わせて」
「良きかな、良きかな」
芽衣はわざとらしく腕を組むと、重々しく頷いた。
そうかと思うと、「あ、そういやこないださァ——」とあからさまに話題を変える。
気を利かせてくれた芽衣に感謝して、その話題に乗りつつも。
(一体いつまで、僕はこうして逃げ続けるんだろう……)
そんなことをふと考えてしまい、会話は自然と上の空になった。
* * *
「ただいまー!」
慎吾と別れた後。
芽衣は家に着くなり、玄関でローファーを脱ぎながら声を上げた。
家の奥から芽衣の母・真紀の「お帰りなさーい」という声が聞こえてくる。
洗面所で手を洗うと、いつもなら2階の自室へ直行するところを今日は居間へ。すると食卓の上に、おしゃれな模様の四角い缶を見つける。
視界の端にはキッチンにいる真紀の姿も辛うじて入っていたが、今はそれどころではない。
なぜならば。
芽衣にとって見慣れた模様のその缶は、彼女の好きなお菓子店のものだったから。
「いっただっきまーす」
芽衣は早速缶を開け、中に入っていたマカロンの個包装を破った。
わざわざ許可は取ったりしない。
食卓の上にあるという事実こそが、「食べていい物」である証。
雪白家では、目の届く範囲にあるものは食べていいという暗黙の了解があるからだ。
では勝手に食べられると困るものはどうするのかと言えば、見つからないよう隠すか、名前を書いておくことになっている。
目立つ位置に置いて食べられたら、置いた方が悪いとされる厳しい世界だ。
「あ、それ今日買ったのよ。感謝しなさい、ママに」
キッチンからの真紀の声に「ありがたやー」と応じつつ、マカロンを口に入れる。途端、芽衣の口腔内を幸せが広がっていった。
思わず落ちそうになるほっぺたを、両手で支える。
(……って、こんなことしてる場合じゃなかった!)
わざわざ居間に直行した理由をふと思い出し、我に返る。
マカロンのあまりの美味しさに、忘れてしまうところだった。
「……あいつ、やらかしたんだって?」
マカロンを頬張った後。
二つ目の袋を開けながら、単刀直入に芽衣は尋ねた。
「あいつって誰よ」
「……洋平」
「ああ、そのこと」
「流れで分かるでしょ、普通」
「あんたさっきまで、マカロン食べてたじゃない。流れも何もあったもんじゃないわ」
「……」
(確かに、確かにその通りだけど!)
芽衣は悔しさから、2個目のマカロンを食べ始めた。
そんな娘を呆れたように見つめていた真紀が、出し抜けに悪戯っぽく笑う。
「そう言えば芽衣、あんた最近、洋平くんに会ってないでしょう?」
「……それが何か?」
嫌な予感がした芽衣は、マカロンから顔を上げた。
キッチンから身を乗り出す真紀の姿は、自分の母ながらとても若く見える。
「せっかくだから何個か持って行ってあげてよ、そのお菓子。洋平くん、今家いるし」
「……ヤダ。ママが渡せばいいじゃん」
「芽衣が顔見せた方が、洋平くんだって喜ぶでしょ? 一応あんたたち、幼馴染なんだし」
「だーかーらー、あいつと私は幼馴染なんかじゃ——」
「落ち込んでたわよ? あの子」
「……その言い方は、ズルい」
会いに行ったところで、洋平が喜ぶとは正直思えない。
自分が洋平の立場だったとして、向こうに会いに来て欲しいとは全く思わないから。
しかし、そんな風に言われてしまうと——。
(会いに行かない私が、悪いヤツみたいになっちゃうじゃん)
芽衣はため息をつくと、缶からマカロンの小包を4つ取った。
どうせ会うのなら、謹慎の件も本人から聞き出そうと心に誓って。
「……これでいい? あいつん家で、1人1個」
そう言うと、真紀が軽く微笑む。
「ええ、それでいいわ。いってらっしゃい」
* * *
(……とは言ったものの。正直、全く気が進まないんだよなー)
表札に「晴山」という文字の踊る玄関扉を、芽衣は憂鬱そうに見上げた。
実はかれこれ数分ほど、この場で立ち往生している。
理由は明白。洋平に会いたくないからだ。
芽衣が言うところの「腐れ縁」に対して、彼女はかつての苦手意識を忘れられずにいた。
しかし、ずっとこの場でこうしているわけにもいかない。
(……仕方ない。そろそろ行きますか)
意を決した芽衣が、インターホンを鳴らそうと扉へ近づいたその時。
不意に背後から、肩を叩かれる。
「……何やってんだ、芽衣。そんなとこで」
芽衣が振り返った途端。
コンビニのレジ袋を提げた晴山洋平の姿が、視界に大きく映った。
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