第15話 勝手に期待しとく

 練習が終わった後。

 最寄駅で他の部員と別れ、芽衣と二人堤防を歩いていると、


「流石だね! 村雨。練習とはいえ、サルをボッコボコにしちゃうなんて!」


 芽衣が嬉しそうに慎吾の顔を覗き込んできた。


(その言い方だと、まるで僕が動物虐待したみたいじゃないか)


 そんなことを考えて微妙な気持ちになりつつも、


「……今日はあくまでバッティング練習なんだから、彼が僕に気持ちよく打たせてくれただけだと思うよ」


 と答える。


 フリーバッティングで、慎吾は猿田のボールをかなりの精度で捉えた。

 芽衣の言葉を借りるなら、それはまさしくボッコボコ。

 おかげでゲージを出た途端、近くにいた部員たちからは質問攻めに遭い、依田は「これなら試合で使えるな」と頷いていた。


「やー、そんなことないと思うよ」


 しかし、芽衣は慎吾の考えをあっさり否定する。


「そうかな?」

「うん。これでも一応1年以上の付き合いだからなんとなく分かるけど、あいつ多分、けっこうムキになってたよ」

「そうか……悪いことしたかな?」


 心配そうな顔をする慎吾に、芽衣は首を振ってみせた。


「むしろあれで良いと思うけどね。サルのことだから、手加減される方がキレるだろうし」

「……なるほど」


(確かに自分が彼の立場でも、同じことを思うかもしれない)


 慎吾が芽衣の意見に一人納得していると、芽衣が「ていうか、そもそもさァ」と話を変える。


「あれだけバッティングが良いなら、山吹でもそっちでやれたってことはないの?」

「……無理じゃないかな。バッティングだけなら僕より凄いやつが何人もいるから、あそこには」


 数ヶ月前までのチームメイトを思い浮かべながら、慎吾は言った。

 山吹実業には嫌な思い出もあったが、野球の実力に関して言えば皆確かなものがあった。特にレギュラー陣は、普通のチームならクリーンナップを打てるような選手ばかりだった。


 もちろん、慎吾の実力もかなりのものだ。

 ただ、彼の場合は小学生の頃からレベルの高い環境で野球をしてきたせいか、高校野球の「平均値」を正しく認識できていない節がある。

 そのため、自分の実力を過小評価してしまっているのだ。


「ふうん……やっぱ凄いんだね、強豪校って」


 しみじみと言う芽衣に、慎吾は頷いた。

 しばしの沈黙の後、「じゃあさ——」とまた芽衣が口を開く。


「仮に今のウチと山吹の野球部が試合したら、どうなるかな? 10回に1回くらいなら勝てそう?」

「うーん……けっこうマジな数字でもいい?」

「もちろん! そっちの方が聞きたいし」

「そうだな……100回に1回、かな」

「……そんなもんかー。ま、分かってましたけどネー」


 落ち込む芽衣を横目に見ながら、慎吾は嘘をついておいて良かったと思った。

 本音では100回に1回、という予想すら、青嵐側に甘く見積もった数字だと思っていたから。


 一番大きな理由は、強豪校相手に踏ん張れるようなピッチャーが青嵐に一人もいないこと。


 猿田はそれなりにまとまりのあるピッチャーで、普通の公立校のエースとしては申し分ない。だが、今日のフリーバッティングでの対戦が本当に彼の本気なら、特筆すべき武器もない。

 そのため、強豪校相手だと餌食にしかならない、というのが慎吾の考えだった。


 芽衣は「マジかー」とため息をついた後、顔を上げて「じゃ、チャンスは来年か」と呟いた。意味が分からず、慎吾は「来年?」と聞き返す。


「そ、来年。夏なら確実に、村雨が出れるでしょ? その時までに怪我を直せば、山吹みたいな強豪校相手でも——」

「無理だよ。そんな力、僕にはない」


 芽衣を遮って、慎吾は言った。

 今の自分に、他人の期待を背負えるだけの余力があるとは思えなかったから。


「……そっかァ、無理かー」


 芽衣は特に反論するでもなく、独り言のように言った。

 それから慎吾の様子を窺うようにして、話を続ける。


「でも、村雨ならもしかしたらって、やっぱりどっかで思っちゃうんだよね。……ダメ?」

「……ダメってことはないけど」


 渋々慎吾が認めると、芽衣はパッと顔を輝かせた。


「やった! じゃあ、勝手に期待しとく」

「……それをわざわざ、僕の前で言わないでよ」


 慎吾は顔をしかめた。


* * *


 芽衣との別れ際、慎吾は彼女に聞きたいことがあったのを思い出した。


「……そういや今、ふと思い出したんだけど」

「どした?」

「監督って、もしかしてだけど、野球経験あんまりない感じ?」


 野球経験が少ないのであれば、転校のルールを知らなかったのも納得できる。

 その上、外野ノックを打たずにベンチで暇を持て余していたのも、経験不足のせいでノックが上手くないから、と解釈できるのだ。


「あんまりどころか、1ミリもなかったらしいよ。なんで?」


 芽衣は特に気負うことなく言った。


(未経験者か。なら、1年間公式戦に出られない部員の扱いなんて困るだろうな……いや、経験者でも困るか)


 慎吾は自嘲気味にそんなことを考えてから、首を振った。


「……なんとなく気になっただけ」


 言葉を濁す慎吾を不思議そうに見つめていた芽衣が、唐突に「あ!」と声を上げる。


「……どうしたの?」

「私もなーんか忘れてるような気がずっとしててさ。今、急に思い出した」

「……何を?」

「村雨さ……この間私が言ってから、ホントにちゃんと病院行ってる?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る