第14話 お手柔らかに

「転校生は転校後1年間、公式戦に出場できないんですよ」

「……マジ?」


 芽衣の言葉に、依田は一瞬冗談を疑って部員たちを見回した。

 しかし、どの顔も至って真剣。

 普通ドッキリなら一人はいそうな、笑いを堪えている者など一人もいない。


「……まあ、よだっちが知らないのも無理ないですけどね。というか、私も1年は流石に長いなって思いますよ。他のスポーツなら大体半年ですから」

「ちょ、ちょっと待った。そのルールは、一体誰が決めたんだ? 相手によっちゃあ、覆せないことも——」

「高野連です」

「……」


 高野連という名前に、依田は黙りこくった。

 彼とて高校野球界におけるその権力の強さは流石に知っている。


 一方慎吾は、野球部の監督ともあろう者が、高校野球経験者ならほとんどの人が知っているはずの基本ルールを知らないことに驚いていた。

 それに、「監督が知らないのも無理ない」という芽衣の言葉も引っかかる。

 まるで依田が、高校野球経験者ではないのを前提にしているみたいではないか。


「……まーじか。じゃあどうすんの、彼。1年ってなると、夏どころか秋も出れねえだろ? 下手すっと来年の春も」


(今更かよ!)


 部員たちの心が、新入部員の慎吾も含めてその瞬間一つになった。

 やはり芽衣が彼らを代表して、ため息混じりに答える。


「そーいうめんどくさいことを考えるのが、監督の仕事でしょ」

「……ふむ、確かに雪白の言う通りだな」


 依田は顎に手を当て、何か考え込むように視線を俯けた。

 少ししてから、その間放置されていた部員に気付いたのか「あ、君らは散っちゃって。練習しよ、練習」と手を振る。


 部員たちは戸惑い気味に顔を見合わせてから、練習へと動き出した。


* * *


 青嵐高校野球部員は、選手が3年生7人、2年生10人(慎吾を含む)、1年生9人の計26人。

 2年生と1年生にマネージャーが1人ずついるので、全て足すと28人と、そこそこな人数となる。


 グラウンドはサッカー部・陸上部との共用。

 なので野球部の練習は、他部活との境界作り、すなわちネット張りから始まる。


 ネット張りの後ランニングやストレッチ、キャッチボール等のアップを済ませるとようやくノック。

 ノックは初め内外野に分かれ、内野ではボール回しを終えてから様々なシチュエーションを想定して練習、外野はその間ポジションを分けずに対面ノックを行い、内野の各シチュエーションが終わると内外野交えてのシートノックに移る。


 慎吾はというと、今日はファーストを守ることに。

 肘の故障で送球に難があるため、比較的送球回数の少ないポジションをと考えた結果だ。もちろん、ボール回しには参加しない。


「……なんでマシン?」


 ボール回しが始まった後。

 芽衣が用具室からピッチングマシンを運び出しているの目にして、慎吾は呟く。

 同じくファーストを守る3年生の山崎が、「ウチはノッカーが少ないから」と答えた。


 それでもピンとこない慎吾が首を傾げると、山崎は「まあ、見てれば分かる」と笑った。その言葉は、確かに嘘ではなかった。


 内野でボール回しが終わり、ノックが始まると。

 外野では芽衣がマシンの射出角を調節し、「いきまーす!」という大声を合図に硬球を投入した。


 ボン、という慎吾の場所まで微かに聞こえる音とともに、ボールが発射される。

 そのまま宙を高く舞い上がった打球(?)を、守備に就いていた外野手が追いかけ、グラブに収める。


 すると、マシンの前に立つ芽衣が、再び「いきまーす!」とボールを入れる。

 発射されたボールを次に並んでいた選手が追いかけ、捕球する。


(……なるほど、ピッチングマシンをノッカー代わりにするってことか。でも……)


 慎吾は感心しつつ、三塁側ベンチを見やった。

 ベンチ前では監督の依田がノックバットを振りつつ、主将の藤井が打つ内野ノックを眺めている。


(ノッカー、余ってるけど)


 不思議に思いつつも、ショートからきた送球を慎吾はがっちり掴んだ。


* * *


 守備練習が終わると、今度は打撃練習に移った。

 ピッチングマシン2台とバッティングピッチャー1人で、ライト方向が正面になるようにフリーバッティング用のゲージを3箇所作る。レフト側に張られたネットの奥でサッカー部が練習しているので、そちらに打球がいくのを防ぐためだ。


 予め決められた順に従って、部員たちがゲージに入る。

 手が空いている人の行動は、マシンにボールを入れたり、守備に就いたり、もしくはグラウンドの邪魔にならないところでトスバッティングをしたりと様々だ。

 

 バッティングピッチャーとして、エースの猿田が投げている時のことだった。

 猿田の投げるゲージに慎吾が入ると、他の部員からの視線がやけに集まるのを感じた。


(そんなに見られても、バッティングは別に大したことないんだけどな)


 野球の強豪校から来た自分を品定めしようとしているのだろう、と思いつつ右打席に入ると、


「お手柔らかに頼むな。あれでも一応ウチのエースだから、自信失くされると困るんだよ」


 ゲージ内で猿田のボールを受けていた正捕手の福尾が、ニヤついた声で言う。

 横のマシンの稼働音のせいで彼の声が聞こえなかったのか、ピッチング用防球ネットの奥で猿田が


「福尾ォ! 全然こっちには聞こえねえけど、余計なことだけは言うなよ!」


 と叫んだ。

 福尾は苦笑しつつ「だってさ。やっぱりさっきのナシで」と慎吾を見る。

 慎吾の方でも「そもそも僕は、お手柔らかにできるほど大した選手じゃないよ」と苦笑を返し、打席の土をゆっくりと均してから、バットを構えた。


 迎えた初球。

 慎吾のバットは猿田の投じたボールを完璧に捉え、打球は快音とともに高く舞い上がった。

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