第13話 青嵐高校野球部監督
「ったく、恥かかせやがって。雪白はホント俺を舐めてるよな」
「やだなー、そんなわけないじゃないですか。むしろ私なりに、親愛の情を表現してるんですけどネー」
「……これだからJKってのは恐いんだ、平気で嘘を吐きやがる」
(この人が、監督なんだ……)
職員室の奥まった場所、その一角にある雑然としたデスクの前で。
芽衣と憎まれ口のようなものを叩き合う目の前の男を、慎吾はある種の驚きをもって眺めていた。
これまでの人生で、彼のような見た目の教師をついぞ見たことがなかったから。
男の髪は顎と同じ高さほどまでに伸び、その顎や口の周りには無精髭が胡麻のように振りかかっている。
教師でなくて世捨て人と言われた方が、まだ納得できそうな姿だった。
そんなことをぼんやり考えていると、不意に標的が慎吾に移る。
「——おい、隣の少年」
「え?」
「君だよ、君。さっきから俺のこと見てるけど、なんか失礼なこと考えてねえか?」
「……まさかぁ」
図星を突かれた慎吾が冷や汗をかいていると。
横から芽衣が「先生の第一印象が悪いからじゃないですかぁ?」と口を挟んだ。
男の方でも「……あぁ?」と応戦し、今度は別の意味で冷や汗をかく。
(なんかこの人恐そうだし、あんまり余計なこと言わないでよ)
祈りにも似た思いで二人の顔を交互に眺めていると、その直後。
男がはあ、とため息をついた。
「……ま、雪白の言う通りだわな。人は外見じゃない、中身だなんて言うバカがよくいるが、ならなんで俺たちに目がついてるんだって話になっちまう。五感の中で視覚から得られる情報は8割だなんてデータもあるし、つまりはそういうことなんだよ。だから……えーっと——」
「あ、こっちの彼は村雨くんです」
「——村雨。君も身だしなみは大事にした方がいいぞ。人の印象なんて、初対面の時の清潔感でほぼ決まるからな」
「はあ」
(これはツッコむところなのかな?)
男の無精髭とぼうぼうに伸びた髪を眺めながら、慎吾は曖昧な相槌を打った。
すると芽衣が遠慮なく「そう言う先生には全くないですけどね、清潔感」とツッこみ、ビビりな慎吾は身を縮める。
「俺のはまあ……敢えてってやつだ。分かった上でやってんならいいんだよ。ほら、ピカソのゲルニカがそうだろ? 素人には下手くそな絵にしか見えないが、ピカソ本人は分かった上でやってる。で、そのことを周りも知ってる。だから評価されてんだ。同じことなんだよ、結局は」
「じゃあ先生も、やろうと思えばイケメンに変身できるんですね! へえー、知らなかった!」
「そういうこったな」
ヒヤヒヤする会話だなと思いつつ、二人の会話を見守っていると。
不意に男が「……で、なんの用なんだ。そんな話をしに来たんじゃないんだろう?」と本題に入った。
「ですね……ほら、村雨」
脇腹を突いてくる芽衣に応じて、慎吾は入部届を男の目の前に差し出した。
男は目を瞬かせてその紙を見つめた後、「……なるほど、君が例の転校生か」と呟く。
「……知ってるんですか? 僕のこと」
「ん、まあ、そりゃな。学校ってのは君らが思うより狭くて閉鎖的な空間だから、センセーショナルな情報はすぐ広まっちまうんだよ。……例えば、転校生とかな」
「……ですよね」
他の生徒に噂されているのだろうとは、薄々気付いていた。
しかし、他人から自分の噂についての話を実際に聞かされるのは、それとはまた意味が違う。
これまではあくまで可能性に過ぎなかったものが、事実として認定されたのだ。
自分が陰でどんな風に噂されているのだろうと咄嗟に悪い方へ想像して、慎吾は軽く落ち込んだ。
「ま、まあ、悪い噂は聞かないから! 大丈夫、大丈夫」
横から芽衣が心配げに声をかける中、男が入部届から顔を上げた。
その顔には、教師とはとても思えないほど邪悪な笑みが乗っている。
慎吾は思わず、一歩身を引きそうになった。
「……関係ないわな」
「え?」
「噂なんて、関係ないわな。だって、君の隣のコは、ちゃんと君を信頼してるぜ。……そうだよな? 雪白」
「も、もちろん」
こくこくと頷く芽衣を一瞥して、男は続ける。
「で、俺も今こうして会って、たぶん悪いやつじゃねえなって印象を抱いた。それで十分じゃねえか。だろ?」
「……」
黙りこむ慎吾を前に、男は受け取った入部届をひらひらさせる。
「ま、この紙は受け取っとくよ。野球部監督、依田健二として。……よろしくな、村雨」
* * *
翌日の放課後。
昨日は野球部にとって週一度の休養日で部活がなかったため、今日が慎吾にとって部活へ参加する初めての日となった。
練習開始の直前、グラウンドの三塁側ベンチ前に部員たちが円陣を作り、その中心に慎吾と依田が並ぶ。
「——じゃ、村雨。自己紹介頼む」
依田からバトンを受けた慎吾は、山吹実業でのことにはあまり触れないようにしつつ、無難に自己紹介を終えた。
芽衣を筆頭にぱらぱらと拍手が起こり、慎吾がホッとしつつ円の縁に加わろうとしたその時。
「新たに部員が加わって、これで夏の大会に向けた戦力アップになるな。みんなも村雨に負けないよう頑張ってくれ」
依田の言葉に、部員たちは静まり返った。
輪に入ろうと監督に背を向けていた慎吾もばっと依田の方を振り向いてから、彼の表情が至って真面目なのに気付き、
(この人まさか、本気で言ってるの?)
と芽衣に目配せする。
「ん? 何か変なこと言ったか? 俺」
突然沈黙した部員たちに困惑する依田。
部員を代表して彼に説明したのは、結局芽衣だった。
「あのー、もし知った上で言ってるのなら、申し訳ないんですけど」
「……そういう言い方されると、余計気になるな」
「じゃ、遠慮なく……えっと、転校生は転校後1年間、公式戦に出場できないんですよ」
「……マジ?」
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