霊異記潰しのフォークロア

いずも

八反の滝にて氷の女王に謁見す

信じようと、信じまいと―


H県T市H町N地区には時間の流れが止まる場所が存在する。

近づいた者は異空間に引きずり込まれ、あっという間に姿が見えなくなる。

捜索の結果、国道沿いで呆然と立ち尽くしているところを発見された。

その人は神隠しにでも遭ったのだろうか。


信じようと、信じまいと―



 与太話ネットロアにも規律ルールがある。

 一つ、都市伝説に比べると地名や人物に具体性があること。

 一つ、その超常現象に対して解決策が述べられていないこと。

 一つ、投稿されたロアは――真実となってしまうこと。


 いや、より正確に言うと。

 ボクがのだ。



名色なしき地区――ここか」

 国道482号線を東から西へとひた走る。

 神鍋と呼ばれる地域を横断するこの道は冬になると都会からやってくるスキー客で賑わうらしいが、それ以外の季節はただのよくある田舎の山道だ。

 曲がりくねった連続カーブに走り屋は胸躍るかもしれないが、パンピーとしてはただひたすら面倒な上り道だな、としか思わない。連続するヘアピンカーブが冬になったら凍結すると思うと山の上に住まなくてよかったと安堵する。


 こちらに来て日が浅いため地理や名所に関してはてんでわからない。ここでいう名所っていうのは観光名所じゃなくて心霊名所スポットのことだ。

 いわく付きの場所を調べるにはそれなりの情報源が必要だが、今どきは何でもネットで手に入る。ああ、なんて素晴らしい。現地住民に聞き込みなんて考えただけで末恐ろしい。

 でも、ボクのやりたいことはネット上で完結する類のものじゃないから、最終的には現地に赴く必要がある。だからこうしてN地区――名色地区へとやってきたのだ。


「国道沿いは車も多いし、異世界へのなんてないとは思うけど……」

「あんた何しとるが、中学生がこんな時間に学校にも行かずに。あんれ、もしかして小学せ――」

「ぴゃああああああぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」

「……行ってもうたで。女子おなごが一人で危ないわいな……女子だったわな」


 逃げた。

 全力で逃げた。

 メロスもびっくりのスピードで全力疾走。


 いやね、ボクはちょっとだけ人見知りする性格で、ちょっとだけ引っ込み思案だったりするわけで。

 だから急に知らない人に話しかけられたりするとこうやって奇声を上げながら某ゲームのメタルモンスター並みにその場から逃げ出してしまうけど、まあよくあることだよね。

 そんなどこにでもいる子ども……子どもじゃないっての!

「今年二十歳だよ。もうお酒も飲めるってのに、未だに中学生に間違われるとか」

 中学生どころか小学生に間違われただろうって。いいんだよ、人間は都合のいいことしか聞こえないんだ。


 しっかしわけも分からず逃げ出したもんだからここがどこだかわからない。三叉路と四叉路が交差するようないびつな道路を坂道を下るように駆けてきたため本当にここがどこだかさっぱりだ。

 迷子みたい? うん、そういう意見もあるかもしれない。ただしここでいう迷子って小さな子どもが道に迷うそれとは違うからね。あえて通り慣れていない道に自ら進んで楽しもうって魂胆だから。そういうことだから!


 手入れのなされていないロッジが右手に望む道を下ると小さな看板に「八反の滝」の文字を見つける。

 滝。滝かぁ。あやしい、ものすんごく怪しい。ここを目的地にしよう。

 なんだ、つまり目的地はすぐ傍にあったのだ。迷子なわけないじゃないか。へへ、はじめからこっちが正解だと思ってたんだ。



 下り口には最初だけスロープのような鉄の持ち手が用意されているが、その先は落ち葉の敷き詰められた急な階段が続き、何度も折り返していて終わりが見えない。こんなところにまでヘアピンカーブの魔の手が迫っていた。ヒールの高いパンプスでも履こうものならウォータースライダーのように滑る落ちるだろう。そんなもの履いたことないけどさ。


 なにより驚いたのが、多少の木々が視界を塞ぐが上からでも滝が見えている。水が流れる音も聞こえるし、迷いようがない。

 生い茂った木々の隙間から漏れる光も差さなくなるほど深く深く潜っていく。時々ぬかるむ足元に注意しながら、まるでこの世から隔絶されたような空間に出る。いわゆる滝壺だ。

 人の高さほどの巨大な岩がゴロゴロと転がっていて、それが向こう岸までの橋のような役割も果たしている。遠くから見ると納涼床みたいな橋が架けられているのだけど、どう見ても腐っていて渡りたくない。木製の橋なんて洪水でお陀仏じゃないか。せめて鉄製の橋くらい用意してほしい。


「全力疾走したせいで汗が出てたはずなのに、ここは随分涼しいな」

 生い茂る巨木が木陰になり、さらに滝は清流になって河口へと続いている。夏でも過ごしやすそうな場所だ。この地域の夏はジメジメとして蒸し暑いと聞くから夏の間だけここをキャンプ地とするのは――いや、多分虫が大量発生するだろう。


 それより気になるのはだ。川幅は十メートルくらいあるだろうか、その対岸には川沿いに道があるのだ。こちら側は大小の岩石が足場になっているのだが、どう見ても自然に作られた空間だ。だが向こう岸は平らな石、というよりコンクリートで整備されたように人工的な道が続いている。

 しかも降りる時に見える景色から考えるに、向こう岸の先には人家のない山が連なっているだけだ。つまりこの道を進んでも山の奥深くに進むだけで、わざわざそちら側から人が訪れるような場所ではないのだ。


 ――近づいた者は異空間に引きずり込まれ――


 不意にその言葉が頭をよぎる。

 ここで引き返すのが三流。

 好奇心が勝って不用意に山に迷い込み遭難するのが二流だ。

 では一流のライターは?

 ここで自称一流のライターが取るべき行動とは何か。


 ボクは紙とペンを取り出す。

「ええっと、ここの地名と現在時刻はっと……」

 現状把握と自身の活動を記録する。

 もしも何かあった時に手がかりを残しておくために?

 そう、それも悪くない。だけどそうじゃない。

 予め言っておくと、ボクは異空間というのは与太話でもなんでもなく実在していると考えている。だから獣にでも襲われるんならともかく、その異空間にはメモ帳ごと移動するから物理的な手がかりとして残されるわけではない。

 じゃあ、何のためかって?

 それは簡単で、ボクが異空間――ボクは異世界と呼ぶそれ――を記録するためだ。



「――組み上げポンプと、水門かな」

 対岸に渡り、川沿いを進んでいく。左手には川、右手には山。一人分の狭い道をゆっくりと歩いて五分ほど行くと、川幅は大きくなって空が垣間見えるようになる。

 その開けた先で目に飛び込んできたのが川の側に設置されたポンプとその川の中に作られた水門だった。

 昔の井戸でよく使われる手押しポンプだが、今どきはまず見かけないだろう。たしか鴨川に似たようなものが設置されていたと思うので、多分そうじゃないかと思う。


 ポンプはそんなに重要じゃない。それよりもこっちの水門だ。

「水門。門。門だよ、なるほど。なんてわかりやすい」

 神社の鳥居が境界線になるように、もっと単純に扉で内側と外側を区別するように、の境界として最も有名なシンボルは門だろう。


 そうとわかればここから先はボクのフィールドワークの時間だ。

 水門をじっと見つめて意識を集中させる。…………あった。見つけた。目には見えない空間のゆらぎ、この場合は川だからせせらぎと言ってもいいかもしれない。うん、そうか? 多分ひずみって言った方がわかりやすいだろうな。

 ボクは逃さないようにソレ、つまり空間のを掴み取る。漁師が網を引っ張り上げるように、何もない空間からソレを引きづり下ろす。――何やっているのかって?

 有り体に言うと。

 そこにある異世界を無理やり顕現させているのだ。



 一瞬にして景色は変容する。

 アーチ状に生い茂っていた常緑樹は乾いた音を立てながら白く染められていく。世界が色を無くしたように、白く、白く。

 指に触れる風の冷たさに意識が集中する。視線を下ろすと流れていた川も時が止まったように静かだった。脈打つ波も段差で上がる飛沫も写真に切り取られたかのようにその瞬間で停止している。

 音も消え、温度も消えた世界に成り果てたと思っていると、遠くで垂れた木が大きくしなる。その瞬間だけ落下音が響き渡り、反動で白い結晶を撒き散らして下げていたこうべを上げる。

 ああ、なるほど。

 ここは氷の世界なのだ。

 反転した冬の世界と言ってもいい。


「あの滝も凍ってるのかな」

 氷爆なんて滅多にお目にかかれるものではない。

 来た道を引き返して滝壺まで戻る。ちょっと楽しみにしている自分がいた。


「――うわ、まるで彫刻みたい」

 その道中、川だった場所の上に氷で出来た動物が躍動感たっぷりに存在感を示す。まるで先程まで生きていたかのような氷像は美的センスのないボクの目から見ても美しかった。

「これ、なんだろう。馬……それとも鹿?」

 造形は馬に見えるのだが、鹿のように立派な角が頭に二本生えている。かといって雄牛みたいなどっしりした体格ではなくスリムな体型で、これといった正解が導き出せない。これが義務教育の限界だ。未知の生物に出会った時に当てはめられる動物の種類などこんなものだ。生物の成績に関してはノーコメント。


「あー……うん、そうだ。ケルピー。水辺に住む馬みたいな水の精。それが凍ってるだけで、だ」

 ボクはそれを定義する。得体の知れないものに出会った時、とりあえず既存の何かに当てはめることで人間は安心する。よくわからない超常現象も名付けることで恐怖から逃れることができるのだ。

 だからボクも定義する。これが得体の知れない何かであることは許容しない。その物体を、この空間を、この異世界を、定義する。暴いてやる。


「おおー、滝もやっぱり凍ってる……けど、上に誰かいる……?」

 氷瀑が始まる崖上、白く眩い世界のその始まりに人影が見えた。



「――妾の世界に人間とな」

 気高く、美しい声が響く。その声が、視線が向けられているのがボクである。まるで舞台女優みたいにでもなった気分だ。

 声の主は美しい女性だった。雪のように白い肌、長く伸びた銀髪が氷の結晶にキラキラと反射して眩しくて目を細めないと見ていられない。バラを凍らせたようなドレスを纏い、そのドレスの裾は氷瀑へと続いており、滝そのものが彼女であるかのように一体となって神々しさすら伺わせる。


「きれい」

 と小さくつぶやき、その言葉の危うさに気付く。その美しさに魅入ってしまうことは、その世界から抜け出せなくなることを意味する。美しいものを美しいと思う感性は失ってはいけないのだが、虜になってはいけない。

 というわけで、気をしっかり保て。ぺしぺしと頬を叩いてかじかむ手と顔を温め気合を入れる。長居は無用だ。


「どうやって迷い込んだかは知らぬがここは妾の領域。ちょうど良い暇つぶしが――」

「迷子じゃないよ!」

 条件反射で叫んでしまう。

 図星を突かれると余裕がなくなるものさ。って、迷子じゃないけどね。少なくとも、この異世界に関しては。

「そーゆーのとかどうでもいいんで、ボクの質問に答えてくれる?」

 人間にはめっぽう弱いが人外にはめっぽう強気。どうにも普通の人と感覚が違っているように思えるだろうが、それがボクという人間だ。

「……はぁ? 妾を氷の女王と知っての発言か」

 彼女はあっけにとられ、目を丸くする。

 そりゃそうだ。恐れないどころか、出会い頭にこんな態度をとってくる輩に出会う機会はそうそうないだろう。宝くじが当たる確率とか交通事故に遭う確率くらいのありえないことで、いうなればそう――当たり屋にでも出会ってしまった不幸な出来事なのだ。


「氷の女王様、ね。創作物でよくあるモチーフだし、それなりに定義された存在ってことで問題ないかな」

「何を一人でごちゃごちゃと言っておる」

「いえいえ、こっちの話ですー。それよりも、さっきの続き。ボクの質問だけど」

 そして、ボクはとある名前を口にする。

 ボクが今ここにいる理由であり、今一番会いたいヒト――いや、神様の名前だ。

「――■■■はここに居るのか」



「はっ、笑わせるな。ここは妾の領域と言ったであろう。そのような神も異形も存在しない。何を言うかと思えばそのような戯言とはな」

「ま、そうだよね。ここはボクが昔訪れた場所からはちょっと離れているし、こんなところにいるはずないよねー。それじゃ」

 そう言って引き返そうとすると呼び止められる。

「おい、どこへ行こうというのじゃ」

「どこって、帰るのさ。もうここに用はないし」

「笑わせるな。人間がここから生きて戻れるはずがなかろう」

「だからさっきも言って……ないか。ボクはここに迷い込んだわけじゃない。自分の意志でここに来た、というかこの異世界を表に引っ張り上げてきたんだ。だからもう一度蓋をして、他の人が迷い込まないように元に戻すだけさ」


 ボクの態度が気に入らなかったのか、女王様はあからさまに不機嫌だ。

「……ほう。そのような戯言を申す余裕があるか。ならば少しくらい痛い目を見ても構わんのだろう」

 彼女が目配せすると、氷像がガタガタと動き出し、本物の動物であるかのようにしなやかな伸びをする。そして全身を震わせ捕捉するための前傾姿勢を取る。

 あれ、もしかしなくてもターゲットはボク?


「やれっ」

 女王様が手をかざすと、氷の馬、もといウマUMAが飛びかかってくる。白い煙は氷の結晶だろうか、とにかく空気が冷たい。やだなぁ、あんまり寒いのは得意じゃないんだよ。ただでさえ薄着だから日陰に居るだけで寒いのに。

「なーんて、余裕ぶってる状況じゃないね」

 全力疾走してくる動物というのはとにかく素早い。当たれば車にぶつかるのと同じくらいの衝撃だろう。間違いなく大怪我だ。かといって闘牛士じゃあるまいし、回避スキルも持ち合わせていない。ただの素人がこの状況から脱するのに最善の策はと問われれば――先程、定義の話をしただろう。あれを使おう。

「そう、これは。お前らはケルピーだ」

 もう一度、念押しのように口にする。白く凍てついた獣の耳には届いていないだろうけど、そんなことは関係ない。

 ボクはメモ帳に挟んでいたペンを取り出す。シャーペンと黒、赤の二色が切替式のちょっといいヤツ……てのは特に関係ないのだけど。とにかく、ペン先が金属になっていてグリップも握りやすく使いやすいボクのお気に入り。今は芯に用はないので引っ込んでもらおう。

 書道の一画目を書くように大きく振りかぶり、ペン先で空をなぞるように手を前に突き出す。ケルピーがボクを吹き飛ばすように突進してくるまさにその鼻先に槍でも突き立てるかのように腕を振り下ろす。漫画でよくあるよね、こういう見開きのページ。今はそんな映える決闘シーンでもないけど。

 すると次の瞬間。

 お湯でもかけられたようにケルピーは


「――はぁ!?」

 意味がわからないという顔で戦況を見下ろす女王様を横目に、ボクは次々とケルピーをペンで突き刺し溶かしていく。

 それはボクがでっち上げたことではなく、伝承の中で語られていることだ。彼らは人間を襲うが内臓は残す。その理由が鉄分を多く含むからと言われている。それがケルピーは金属が苦手であるという特徴につながっている。

 そうでなくとも水魔は金属に弱いという話はあちこちにある。例えば河童が炊事場を使うのでステンレス製に改装したら現れなくなったという昔話。おそらく水回りは金属が腐食に強いからという理由だろう。怪異を遠ざけるものにはそれなりの根拠がある。


「ふっふーん、時代劇の主人公になった気分」

 ここは舞台上。殺陣の心得なんて無いけど、見様見真似で踊るようにバッサバッサと斬りつけていく様は気分がいい。

「なんじゃ、何が起きておる……ええい、こうなったら妾が……」

 悪代官みたいなこと言い出したぞこの女王様。

 おあいにく様、ボクはこれ以上踊るつもりはない。だって疲れたもん。


「――けれど女王様。そんな氷のドレスを身に纏っては

 と、定義する。それが事実であると確定付ける。

「なっ、なぜじゃ! 馬鹿な、なぜ動けぬ!?」

 その言の葉通り、彼女は身動きが取れなくなる。だって彼女は氷の女王だから。そもそも氷が自由に動くなんておかしいでしょ。氷像はケルピーだからで通用するけど、こっちはそれじゃ問屋がおろさない。


「おい、貴様どこへ行く! ええい、なぜ動けん!」

 騒ぐ女王様を無視してボクは滝壺から離れ川を下っていく。

 目指すは水門。もちろん元の世界に戻るため。

 ――だけど、このまま逃げるように出ていくだけじゃ面白くないじゃない?


「この水門を開けると、向こうの世界から大量の熱湯が流れてきます。あちらの世界は度重なる異常気象により川の水温が爆上がりしていました」

「……なに、を」

 ボクは適当なことをでっち上げる。もちろん嘘だ。ボクらの世界の川に熱湯なんて流れていない。

「二つの世界の川は混ざり合って調節され、ようやくいつもどおりの水温に戻ります。ああ、ありがとう氷の世界よ。我らの救世主よ。尊い犠牲によりボクたちの世界は日常を取り戻します」

 舞台の幕はまだ降りていない。演劇は続く。現実と虚構の間で嘯いたところで何も変わらない。


「ま、待て! この地を飲み込……いや、こののが貴様の目的か!」

「――まもなくこの異世界は消滅します」

 ボクは閉じられていた水門を開ける。

 止まっていた川に大量の水が逆流する。

 ――あれほど吐く息が白かった世界を今度は同じような湯気が覆う。


 低温で生きる魚にとっては人間の手の温度すら高すぎて火傷してしまうという。

 だったら氷点下に生きる住民にとっては常温の水すら火傷してしまうような、それどころか融解してしまうほど高温ではなかろうか。それを相対的に熱湯と表現するのなら、嘘はついていないことになる。

 かくして、氷に閉ざされた冬の世界は終わりを告げる。まさしく雪解け――一方的に喧嘩をふっかけておいて仲直りもせずにそんな表現を使うとおかしくて笑ってしまう。

 ともかく、これでこの空間に発生していた異界の地は併合され、誰かが迷い込むという心配はなくなった。


「――あれ。ここは……名色区の入り口だ」

 結局川を下った先には田畑が広がっていて、川は水路として用いられていた。さらに水路には橋が架かっており、遊歩道から国道へ繋がっていた。田舎によくあるどこへ繋がっているのか不思議な藪みたいな空間、その答えを知ったような気がする。

「……もう一回この道路を歩くのかー……しんどい。お腹すいたー」

 今のボクは帰りに何を食べようかなって選択肢で頭がいっぱいだ。



「ありがとうございましたー」

 但馬地域には何カ所か有名なたこ焼き屋があるのだけど、ここ日高町にも有名なお店がある。スーパーのテナントの一角で珍しい塩たこ焼きを売っているのだ。普通のたこ焼きに比べてあっさり目で、ソースが掛かっていないけれど十分味が濃く、外はふんわり、中はトロトロの生地に大きなタコのぶつ切りがまさしく王道のたこ焼きと言った感じ。他のお店もそうなのだけど、この地域のたこ焼きは基本的に水気が多いと言うか、半熟みたいな絶妙な焼き加減のたこ焼きなのだ。たこ焼きは飲み物。一口でするすると口の中に入っていく。


「……おや」

 食べたうちの一つにタコが入っていない気がする。しっかり噛まなかったからもしかして気付かずに飲み込んでしまったのだろうか。

「タコの神隠し」

 次の一個を頬張ろうと持ち上げるとタコがぽろりと落ちる。

 なんだ、隣にくっついていたのか。所詮神隠しの正体なんてこんなものだ。こちらが勝手に居なくなったと思いこんでいるだけ。


「どこにいるんだろうね、ボクの神様は」

 神様に会えるまでに、ボクはあといくつ異世界を潰して回るのだろう。

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