清水雅人の嫁

 見るからに気に入らない。


 わざとらしく安っぽい服を着て庶民派を気取り、って言うか決して無駄遣いをしないぞと言う意思を示しているように思える。


「あなたがうちの雅人の?」

「はい、お付き合いさせていただいております」


 見た所、卑しさはない。だが礼儀作法その他が何とも人造臭が漂う。

 付け焼き刃ではないのかと言う疑念が芽生える。


「雅人……」

「母さん」


 顔を赤くしてる息子と来たら、まったく見るに堪えない。



 

 私には雅人と言う立派な息子がいる。


 それこそ一人っ子は甘えん坊とか言われないように自分なりに厳しくもし、その結果早稲田大学から一流企業に就職、勤続十年たらずにしてすでに年収は七百万円。まあうちの夫の一千万円には負けるけど、いずれにしても立派な孝行息子である事は何にも変わらない。




 それが嫁候補を連れて来たと思ったら、何なんだろうこの顔は。

「あのねー、そんな子は」

「本当ごめんなさい、籍をもう入れました」

 と思う間もなかった。


 もう二十九歳とは言え、なんでこんな女を。親の許可もなく。


「ああそう……」





「まったく、埃が残ってるわよ」

「わかりました」

「ほらこれ、味が濃すぎるわよ」

「雅人さんはそれでいいと」

「味を濃くするのは簡単よ、二十代と五十代に同じものを出すなんて本当信じられない!」

「って言うか洗濯物干しも遅い!」


 何を言っても、はいはいはいはい。決して投げやりではなく、腹立たしいほどに真面目。


 とにかく気に入らない。


「母さん、仕事が」

「いいの!どうせほどなくやめるんでしょ!」

「やめませんけど」

「どうせ大した仕事じゃないんでしょ!」

「一応会社勤めですけど」


 ほら見なさい、大方派遣社員かフリーター。どうせ着飾っていても地金なんかすぐにばれるってのに、貞淑ぶって!


「時間は三日しかないんだ」

「それだけあれば十分です!」


 で、雅人は必死に自分の選んだ女をアピールしようとする。

 騙されるもんですか!


「母さん、何やってるんだよ」

「確かめさせてもらいます!」

「信用できないのかよ!」

「できません!」


 だから私はコーヒーを飲み漁り、のんきに寝ている女をじっと見張る。

 勝手に籍を入れた以上、いやもうすでに童貞を持って行ったのかもしれないけど、それでもふしだらな点を一つでも見つけたらすぐさま引き裂いてやるつもりで。




「やけに眠そうだな」

「緊張しちゃってね」


 で、この女はまったくボロを出さなかった。本当に実に忌々しい笑顔だ。

 夫もそんな私をやりきれない顔で見出すし、このままだとこの人まで取り込まれてしまう。



 だったら。




「何だこれは」

「お寿司だけど」


 上握り三人前と、いなり寿司ひとつ。




 こんな女にはこれで十分だ。



 いいかげん力の差を思い知れ。




「……」




 とか思っていると、雅人は無言でいなり寿司と上握りを交換した。

「ヒッ」

 まるで、人間とは別の生き物の目。思わず私がひるむと、あの女は深く頭を下げた。


「雅人さん……」

「わかっている。母さん、なぜこんな事をした」

「わからないの!すべて雅人のためなの!すぐさま家庭に入ってもらって私にできなかったたくさんの子供を産んでもらって雅人みたいに立派な子を育てて!」

「ダメです」


 それでその勢いに乗り、私の嘆願を四文字で跳ね飛ばした。


「ああ母さん、マイホームを建てるよ」

「マイホーム!?」

「そうだよ」


 で、いきなりマイホームの五文字だ。


 しかも4LDKだと言う。


「それこそ、私が!」

「母さんが?」

「いやねえ雅人、私が徹底的に仕込んでやんなきゃいけないってこと!これでも主婦歴三十年以上なのよ!あなたを、立派な主婦にするために!」

「私仕事辞めませんけど」

「はあ?」

 

 あれほどまでに家事に懸命だったのはやはりポーズだったのか。媚を売っておいていざこっちが意思を通そうとするとこの手のひら返し。


「女の仕事なんてのはしょせん腰掛けよ!私だって今でいうとこの婚活に励んで必死にこの人を射止め、それからずっと尽くして来たのよ!年収200万だか300万だか知らないけど、そんなはした金にしがみつくの!」

「あのさ」

「あんたは黙ってて!いい、仕事を辞めるか結婚を辞めるか!どっちかにしなさい!でないならば雅人、わかってるわよね!」

「……じゃ、明日にも答えを出すから」


 雅人の嘘のない言葉が、私は実に嬉しかった。


 こんな女とくっついたらこっちが築いた財産を持って行かれる。


 悪い虫は一刻も早く取り除かねばならない。


 そういう事!

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