第3話 夢 齊藤京子
目の前を走る女の人、スレンダーな女性の衣服はだらしなく、ハイヒールで今にも転んでしまうそうなほどヨロヨロとなりながら走っている。どこかへ向かっているのか、見えない何かから逃亡しているのか。おそらく後者だろう。時折振り返ってみせる女性の顔は何かに対する恐怖で歪んでいる。流れる汗や溢れでる涙でメイクはボロボロ。とても見れたものじゃない。
雨が降ってきた。夜道、やや古くなっていて明滅している街頭。手には女性もののコートに着替えが入っているであろう小さめのキャリーバッグ。夜逃げ。そんな言葉がしっくりくる様であった。私は。私は、この女のことを知っている。
この女は、私の母だ。
小学校低学年の時にこの女は父以外によそに男を作ってその男と逃げた、記入済みの離婚届を置いて。クズ女とはこの女のためにあるような言葉だ。本当に、本当にあいつはどうしようもないほどのクズ女だ。その血が私の中にあると思うとそれだけで反吐が出てくる。
この女をぶん殴ってやりたい
私は彼女を追いかける、必死に、自分の出せる全速力で。しかし彼女には届かない。そればかりか徐々に距離が開いていく。
「待て!クソ野郎!!なんで逃げんだよ!」
汚い言葉をはきながら私は追いかける。そりむくその顔は雨に打たれて化粧が流れ落ち、大変なことになっていた。そんなになりながらも母は、逃げることをやめない。怯えた顔は、恐怖で歪んだ顔は私に向けられていたのだ。その顔のどこかに自責の念で押しつぶされそうになってどうしようも無くなっている顔があることは私は気づかなかったし、何より気づこうとしなかった。
どれだけ頑張って走っても母との距離は一向に縮まる気配はない。どんどん母が夜の暗闇に溶けていく。もうすぐで完全に溶けて消えていきそうになった時。
「ごめんね。ごめんね京子……。」
母の声が聞こえた。私に謝罪をしている。私に言っているが何に対して謝っているのか全くわからない。上部だけで謝っているようにも聞こえる。
「待ってよ!お母さん!私は……私は……!!!」
もう母の姿は見えない。私は走るのをやめ、その場でうずくまってしまった。うずくまっている私の姿は幼いことの私そっくりだった。
「ママ……。どうして行っちゃうの?寂しいよ、ママ。行かないでよ……。」
鼻を啜りながら私は泣いていた。
「お母さん!!」
……どうやら夢を見ていたようだ。夢の内容もぼんやり覚えている。目覚めがとても悪い。今日は友達と出かける日だ。急いで準備をしなくては。
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