第32話

「ふふっ、カルラさんから呼び出しがあるとは思いませんでした」


 開けたカフェのテラスにて。

 一人白のワンピースを着た少女が白髪を靡かせながら紅茶を啜る。

 その対面、同じく紅蓮の長髪を靡かせる少女もまた、紅茶を一口含んだ。


「惚けちゃって……どうせウル商会ってあなたが立ち上げた商会なんでしょう?」

「あら、気づかれていたのですね。お兄様に協力してもらって他の人間を商会長として立てていたはずでしたが」

「当然だわ、何せ私達に唯一先手が打てるのはアリス様だけだもの」


 チョコレートを使ったオリジナルの新商品を出したウル商会は、現在別の者が商会長として名を連ねていた。

 だからこそ、逐一契約を結んだ商会に目を通していたカルラ達が見逃してしまった。

 書類上の情報だけでは、そもそもアリスの影など見えないのだから。


 でも、こうして先手を打たれてしまえばおのずと誰が手を引いているのかは分かってしまう。

 他の商会が持っていないノウハウを持っている唯一の人間は、チョコレートを発案したアリスのみ。

 アリスはすでにウルデラ商会から手を引いているため無関係。ならば、他で商会を立ち上げようとも問題はない。

 故に、カルラはすぐさま「アリス様しかいない」と目星をつけた。

 こうしてお茶を共にする機会を設けたのも、確信があったからだ。


「本当にいやらしいわね、アリス様は。おかげで先を越されちゃったじゃない」

「いやらしいとは少々傷ついてしまいます。ただ私はチョコレートを開発した時点でチョコレートを使ったお菓子というのを考えておりました。それがたまたま《・・・・》このタイミングだったということです」

「随分狡猾なタイミングね」


 なんのことでしょう、と。

 アリスはお淑やかな笑みをカルラに向ける。

 しらを切っているのは明らかなのだが、これに関しては「偶然」と言われてしまえばお終いで、カルラとて一方的に非難することはできない。といっても、元から非難するつもりではなかったが。


「まぁ、そこにどうこう言うつもりはないわ。そもそも、アリス様が動かないと決めつけていた私が浅はかだったわけだし、責めるのもおかしな話だもの」

「あら、ではどうして私を呼んだのでしょうか? 私としてはカルラ様とお話ができるので嬉しいのですが」

「そりゃ、これから同じ土俵で戦う相手だもの―――顔合わせぐらいは、した方がいいじゃない?」


 カルラはにっこりと笑う。

 ここまで後ろで黙って見ていたアレンは、ひっそりと苦笑いを浮かべた。

 顔合わせにしてはどこか含みのあるような笑みである、と。

 だがそれでも何も言わないのが執事としての務め。心で何を思っていても、無表情で黙って見守るのみだ。


「……カルラ様は」


 その時、ポツリとアリスが口にした。


「カルラ様は、これからウルデラ商会で働く気はありませんよね?」

「分かっているとは思うけど、あなた達の思惑に乗るつもりはないわ。成功させて、元鞘にさせるつもりよ」

「そう、ですか」


 悲しそうに、アリスは目を伏せる。

 その顔を見て、カルラは少し怪訝そうに首を傾げた。


「私は、宝石や服、恋愛事に興味がありません」


 貴族の令嬢らしからぬ発言をした意図はなんなのか?

 そう思いつつも、カルラはアリスの紡ぐ言葉に耳を傾ける。


「こうして商売の話をしている方が楽しいです。もちろん、商売をすること自体も大好きで、あとは国内の情勢、政治、歴史といったことも好きです」

「珍しい好みね、とても貴族の令嬢とは思えないわ」

「自分でも自覚はしております。そのせいで、社交界で話す話題は酷くつまらなく感じます。同世代の同性と話をしても作り笑いが精一杯です。私を主軸にして話をすると、皆様はついてこられません。しかし―――」


 アリスは身を乗り出してカルラの手を握った。


「ですが、あなたは違いますよね?」

「…………」

「あなたに関することは調べました。出自も、ここ最近の行動についても、全て知っています……だからこそ、私はあなたしかいないと思ったのです」


 共に話せる友人。心の底から楽しめる相手。

 アリスにとっては、カルラこそが望んでいる人間なのだと確信している。


「ここでお別れというのは嫌です。ずっと待ち望んでいたのです。カルラ様には申し訳ありませんが……ここから去るというのであれば、縛り付けさせてもらいます」


 そのために、アリスは策を弄した。

 それこそ、先手を打つという形で。

 一時恨まれようとも、もう二度と会えないだろうと思っている人間を傍に置きたいから。


「だからカルラ様……私と一緒に、商会を盛り上げていきませんか? 望むものがあれば、なんでもご用意いたします、待遇もお約束します。ですから……」


 お友達になってくれませんか、と。

 アリスは縋るような瞳を向けた。優位な立場を作り上げた上で。


 少しの沈黙が場を支配する。

 そして—――


「私は商会で働く気はないわ。確かに商売は楽しいし、アリス様のような才覚ある人と話すのはきっと面白いでしょう。でも、それとこれとは話が別」


 カルラは握られている手を離した。

 それがカルラの答えなのだと、アリスは消えた温もりに寂しさを覚えてしまった。

 分かり切っていたことであり、そもそも「ここまで強引に巻き込んでおいてどの口が」と思われてもおかしくはない。

 今話したのは、そういう願望が叶ってほしいからというアリスらしからぬ感情故だ。

 元より希望など持ち合わせていないのだが、いざ言われるとショックは受けてしまう。

 でも―――


「だから、私を取り込んでみなさい」

「……え?」

「もし、あなたが私を上回って成果が出せなくなった時は、大人しくあなたの傍にいてあげるわ」


 カルラは楽しそうに笑った。

 明確な拒絶などせず、ただただ挑発するように。

 それを受けたアリスは、思わず目を丸くしてしまう。

 だがカルラの向けた笑みの意味が分かったのか、アリスも同じように笑みを浮かべた。


「ふふっ、では是が非でも商会を盛り上げなくてはいけませんね」

「やってみなさいよ。その前に、私が盛り上げてあなたの付け入る隙なんて失くしてあげるから」


 二人の笑い声がテラスに響き渡る。

 貴族の令嬢らしからぬ、戦意を含んだ笑い声だったが、どちらも楽しそうなものであった。

 後ろにいるアレンもやれやれ、と微笑ましい表情を浮かべたまま肩を竦めた。

 本当はカルラには公爵家に捕まってほしくないのだが、彼女が楽しそうであれば嬉しく思ってしまう。


「カルラ様、まだお時間はありますか?」

「ありますよ、特に今日は急ぐ仕事はなかったはずだし」

「でしたら、もう少しお話をしませんか? せっかくの機会ですし、カルラ様ともっとお話がしたいです」

「そういうことなら、喜んで」


 それから、二人は会話を弾ませた。

 傍から見ると、二人の姿は『友達』と呼んでも差支えがないほど楽しそうなものであった。

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