第33話

 アリスとの茶会も終わったその日の夜。

 カルラは宿のベッドで横になっていた。


(さて、これからどうしようかしら……)


 アリスの前では大口を叩いていたものの、実際に大きな打撃を受けたことは事実だ。

 あのあと、アリスの経営している商会が大々的に宣伝をしていることが分かった。これで明日自分達が新商品を出そうものなら、宣伝を見た者は「真似」と判断してしまう。

 これがアリスみたいな立てたばかりの商会であれば競争を始めようとそのまま大々的に売り出すだろう。


 でも、仮にもカルラが背負っているのは公爵家の商会だ。

 下手に売り出して「真似をするような商会」というイメージがついてしまえば商会の名前に泥が塗られる恐れがある。

 つまり、売り出すことはデメリットを考えて避けるべき。予め教えていた一部の貴族には商品を渡して話を通す必要があるが。


(一から新商品を作る? いや、それだとチョコレートの優位性が瓦解してしまうわ。そもそも、私がチョコレートに対抗できるような新商品を二日三日で思いつくとは思えない)


 仮に思いついたとしても、製造ルートの確保やら価格設定の見直しなどですぐには販売することができない。

 そうこうしている間に、ウル商会がチョコレートで優位性を確立してしまうだろう。

 確立されればチョコレートを生み出した商会として恥ずかしい思いをするし、当初の利益が補填されない。


(ったく、本当にやってくれたわねアリス様は……頭がキレるから、何をやっても後手に回りそう)


 ならば、チョコレートを使った新商品をもう一度考えるしかない。

 ただし、チョコレートを溶かして別の食べ物と組み合わせるのはアリスがいる以上、何をしても二番煎じになる。

 本当に、痛い打撃だ。たった一日で、八方塞がりな現状に思い込まれてしまっている。


(この状況が面白い《・・・》って思ってしまう辺り、私も大概だとは思うけどね)


 アリスの友人に対する執着心も異常だとは思っていたが、どうやら自分も異常みたいだ。

 自然と浮かんでいた口元の笑みにそっと触れて、カルラは内心自虐をした。


「そういえばお嬢」


 あれこれ考えていると、ベッド脇に置かれている椅子に座っているアレンが本を読みながら唐突に口を開いた。


「どうしたの、アレン?」

「今更ながらふと思ったんですけど……俺達、なんか一緒の部屋って慣れましたよね」


 確かに、初めはあれやこれやで一緒に過ごすことに抵抗を覚えていたが、今となっては普通に過ごしている。

 こうしてさも自然にベッドへ横になったり、さも自然に本を読めるところなど。

 今となっては互いの風呂上がりの姿を見ても思うことはなかった。


「時間の流れって凄いわね。一か月前の自分が見たら驚きそうだわ」

「お金も商会で働いているのでたんまり稼げていますし、今から別の宿を二つ借りてもいいんですけどね」

「嫌よ、ここのお風呂は広いんだから」

「だったらここでもう一つ部屋を借りますか?」

「空いてるの?」

「さぁ、どうなんでしょう? しばらく確認できてなかったですね」


 カルラは体を起こし、アレンに向き直る。


「アレンが嫌だったら別にいいけど、私は別に一緒でも大丈夫よ? もう慣れちゃったし」

「未婚の女性が言うセリフじゃないですよ、お嬢」


 そうは言っても、慣れてしまったものは仕方がない。

 それに、カルラはここ一ヶ月でアレンが自分を大事にしていることは痛感している。自分に手を出すということは考えられないし、二つ宿を取る手間と金を考えたらこのままでもいいと思っていた。

 それに—――


(もうアレンがいない生活っていうのも考えられないのよね……)


 果たしてこれは依存なのか? それとも―――


「まぁ、俺は構いませんよ。こんなに可愛い女の子と一緒に寝られるなんて、男にとっちゃ幸せこの上ないですから」

「…………」

「あれ、どうしたんですかお嬢? 顔真っ赤ですよ?」


 カルラは首を傾げるアレンから顔を背ける。

 このストレートな物言いには未だに慣れないわね、と。早まる心臓の鼓動を感じながらそう思った。


「そ、それよりっ! アレンは何を読んでいるの?」


 自分の照れが気づかれないよう、カルラは露骨に話を切り替える。


「あぁ、これですか? カカオに関する本ですよ」


 カカオとはチョコレートの原材料だ。

 アレンはこの本を商会から借りてきて、今自分の頭に叩き込もうとしている。


「どうしてそんなものを……」

「俺だってお嬢の力になりたいっすからね。追い込まれている現状……俺も何か手伝いをできないかと」

「アレン……」


 その気持ちはとても嬉しかった。

 アレンは自分とは違って巻き込まれたわけでもなく自分からついて来てくれているだけなのに、こうして自分の力になろうとしてくれている。

 それがカルラの口元に笑みを浮かばせた。


「でも、やっぱり俺ってばお嬢みたいに天才じゃねぇっすから、いくら読んでもいいアイデアとか思いつかないですけどね」

「簡単に思いついたら誰でもやっているわよ。それに、私だって四苦八苦しているんだから」

「そうですよね……でも、お嬢の思いついた『溶かす』っていう部分は本当に凄いと思うんですよ。作ったアリス様しか分からなかったんですから」

「逆手に取られちゃったけどね」

「それはまぁ、そうですね……でも、こっちには色々な商品・・・・・があるんですし、アリス様が考えたアレンジの他も作れそうな気がします」


 ピクり、と。

 カルラの肩が一瞬跳ねる。


「……なるほど」


 アレンの言葉に、カルラは何か思いついたかのように顎へと手を当てる。

 その様子を見て、アレンは首を傾げた。


「どうしたんですか、お嬢……?」

「いや、そうね―――確かに、色々な商品があるわ。だから、いけるかもしれない《・・・・・・・・・》」


 カルラは立ち上がると、アレンの肩をがっしり掴んだ。

 いきなりのことにアレンは驚いたが、カルラは気にせず―――


「ふふっ、これでアリス様のほっぺに一発叩き込めそうだわ」


 とびっきりの笑顔を向けながら物騒なことを言うカルラに、アレンは何がなんだか分からなかった。

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