第31話

 カルラ自身、自分のよく分からない行動に頭を悩ませてしまったが、それはそれ。

 心を切り替え、カルラはせっせと書類の山を片付けていた。


「……今のところは客足もそこまで落ちていない、と」


 書類の一束を手に取り、自然と言葉が漏れる。

 フランチャイズの懸念は、他の商会が自社の商品に影響を与えるかどうか。

 与えるのは想定内だとして、それがどこまで膨れ上がってしまうかが問題点だ。

 今のところサクラからの報告では大きな影響は出ていないが、順調にチョコレートを販売している商会が顔を出してきているので決して油断はできない。


「まぁ、チョコレートを買う大半は貴族か裕福な平民って話だし「近くにあるから買う」っていう人も中々いないからあまり差異はないんでしょうけど」


 そもそも、フランチャイズを起こしたのは情報を盗もうとする他の商会を牽制して優位なポジションに収めるためだ。

 いくらチョコレートを売っている商会が増えているからといって、労力を惜しまず縁を大事にする貴族がウルデラ商会からおいそれと手を離すとは思えない。

 だからフランチャイズに踏み切った部分もあるのだが、始めた当初は机論上の話であったので実際の数字を見ると心底ホッとしてしまう。


「お嬢、さっきから一人言が凄いですよ」


 カルラの前に紅茶を置くアレンがジト目を向ける。


「いいじゃない、ここにはアレンしかいないんだし。なんだか勝手に喋っちゃうのよ」


 それだけアレンのいる空間が安心しているという証拠なのだが、カルラは自分で言っていて気がつかない。


「そんなもんですか。まぁ、俺も気にしないですけど」


 そして、それはアレンもであった。


「それで、新商品はいつ頃販売するんですか?」

「明日には販売を開始するわ、といっても大々的にはしないけどね。一応、懇意のある貴族には事前に知らせておいたけど」


 本来であれば試作のお菓子を献上して懇意だと更にアピールするのが常だろう。

 だが、今いる商会はウルデラ公爵家の商会だ。王族でない限り、こちらが下手に出ると「売り上げが芳しくない?」と不審に思われてしまう。

 大々的にしないのも、宣伝に力を入れなくても初手の客は確保してあるというのが大きい。あとは、周りの反応を窺ってから宣伝に力を入れたいと考えたからだ。


「牽制目的で大々的にやってもよかったんだけどね、サクラが「真似できる人はいません!」って言うから折れたわ。そこら辺はサクラの方が詳しいし、私が変なこと言って失敗するのは嫌だもの」

「まぁ、確かに先手を打ってくる商会はいないでしょうね。何せ、チョコレートの商品化だけで手一杯でしょうし」

「販売ルートの確保から製造する人間の教育、予算と値段の決定……ようやく手に入ったんだから、失敗しないようにどこも練ってくるはずだものね」


 初めて知った情報に対するノウハウは他の商会にはない。

 だからこそ試行錯誤と一からの土台作りに専念することになるだろう。そうなれば新商品など考える余裕もない。

 今、彼らの中では「如何に他の商会よりも先に出せるか」が支配している。

 これ以上優位な商会を出さないよう、自分が他より優位に立って少しでも多くの客を確保しようと躍起になっているはずだ。

 余裕があるのは、全てのノウハウを抱えたウルデラ商会だけ。

 競合が現れるとは考えにくいし、大々的に牽制する必要もない。


「私としては、さっさと新商品を軌道に乗せてこの席を降りたいわ」

「見通しはあるんですか?」

「上手くいった想定で話すけど、一ヶ月ぐらいかしら? そこまでいけば、文句を言われないほどの成果は出せる。満を持して支部長を辞められるわ」


 公爵家の目論見通り抱えられる気持ちはない。

 ハメられた以上、やり返したいという気持ちの方が勝っていた。

 だけど───


「……まぁ、でも楽しいわ」

「今が、ですよね。結構生き生きしていますもん、お嬢」

「ふふっ、そうね───案外、わたしは商売が好きなのかもしれないわ」


 目まぐるしい日々も、次第に楽しさを感じられるようになった。

 着実に前に進む感覚、売れるか売れないかの瀬戸際を歩く高揚感、成果を出したいという感情。

 それら全てが、カルラに楽しさを与えていた。


「ただ、順調すぎて退屈っていうのも本音なのよね……皆、思った通りに動くんだもの」

「……欲張りですね」


 だがそれも仕方ないのかもしれない、と。アレンは思った。

 カルラは贔屓目なしに『天才』だ。彼女の才覚について来られる人間など数少なく、張り合いという面では物足りないと感じてしまうだろう。

 事実、今現段階でカルラの想定を超えることは起こっていない。フランチャイズを行った時も、誰一人として手網から逃れようとせず皆契約書に判を押し、カルラの手中に収まった。

 それはいいように思うだろうが、カルラとしては物足りない。

 成果を出したい反面、そういうスリルを求めている部分は矛盾と感じられるだろう……でも、それは事実だ。


(総じると、カルラ・ルルミアは対抗する敵を倒して成果を挙げたいってところか……ほんと、欲張りだな)


 これが才能あるが故の悩みなのかと、アレンは肩を竦めた。

 その時───


「大変です、支部長!」


 部屋の扉が勢いよく開かれ、焦りを見せるサクラが姿を現した。


「どうしたの、サクラ?」

「あのっ、ウル商会というところで……チョコレートを使った新商品が販売されました《・・・・・・・・・・・》!」

「ッ!?」


 その言葉に、アレンは耳を疑った。

 余裕のない他の商会が新商品を出した。それもチョコレートを使って、だ。

 話した通り、他の商会には余裕がなかったはず……一体、どこに新商品を出せるほどの余裕があったのか?


(マズいんじゃねぇか、これ?)


 カルラが出そうとしていた新商品は優位性を得るため。

 先手を打たれてしまった以上、優位性は損なわれてしまう。

 商売は先手が命だ。いくら先に考えていても、あとから世に出せば先に出ている商品の二番煎じか真似だと思われてしまう。

 そうなれば商会のブランドも風評も落ちてしまうだろうし、客が減ってしまう恐れがある。

 だからこそ、先に出されてしまったという報告は最悪なものであった。

 今まで余裕をかましていたはずなのに、アレンでさえも焦りが生まれる。

 だが───


「ふふっ、やってくれるじゃない」


 カルラだけは、その口元に笑みを浮かべていた。

 場違いなほど、どこか弾んだような言葉を上げながら。


「あ、あの……支部長?」

「ちょっと席を外すわ」


 そう言って、戸惑うサクラを置いて部屋を出ようと立ち上がる。

 そんなカルラを見て、アレンは思わず声をかけてしまった。


「どこに行くんですか?」

「その新商品を生み出した商会に行くのよ……厳密に言えば、そのトップに会いに行く、かしら?」

「でしたら、その商会の上を今すぐ調べます!」

「大丈夫、調べなくてもいいわ」


 どうして、と。

 そう疑問を投げる前に先にカルラが口を開いた。


「こんなことをできる人間なんて、一人しかいないじゃない」





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