第30話
二週間ほどの月日が流れ、チョコレートを使ったアレンジ商品は商品化に向けて順調に進んでいた。
そのためカルラの仕事量は目まぐるしいほど増えていったのだが、本人自身も最近では楽しくなってきていた。
もしかしなくても、自分はこういうことが好きなのだと、新たな発見に嬉しく思う。
「従業員の中でも評判みたいですね、支部長の考えたアレンジ商品は」
廊下を歩きながら、横にいるサクラが弾んだ声で言う。
「結局商品化できたのは三つだけどね」
実際に商品化できたのはチョコレートケーキ、チョコレートパイ、チョコレートクッキーの三つだけであった。
他にも色々なお菓子を作ってみたのだが、工数と金額面で折れることになった。
とはいえ、カルラ自身としても三つぐらいでちょうどいいだろうと考えている。
余り多くの商品を一気に放出してしまえば新しい商品のストックが切れるだろうし、客が商品ごとに分散してしまう可能性がある。
今回の目的は商品に対して有利な立場にいることだけだ。
軌道に乗せるのはもう少し先の話でいい。まずはこれから出す三つの商品が売れることだけ考えるべきだろう。
とはいえ、商会内での評判はすこぶるよかったらしい。
それだけが商売未経験のカルラに自信を与えていた。
「他の商会も順調にチョコレートを販売し始めたようです。今のところ契約違反をした商会はいなさそうですが、油断はできないかと」
「それもそうね。サクラは引き続き他の商会を調べてちょうだい。チョコレートを売り出した商会と店の名前も、逐一記録しておいて」
「畏まりました」
カルラの横を歩きながら、サクラは頭を下げる。
三週間も経てば、すっかりカルラが支部長なのだということに慣れてきているようであった。
「そういえば、アレンはどこにいるの?」
いつもであればずっと自分の横にいるのに、今に限ってはその姿が見えない。
商会の仕事でも手伝っているのだろうか? 少し寂しさを覚えながらそう思った。
「確かアレンさんは表で売り子をしているはずですよ」
「へぇー」
それを聞いてカルラの足が止まる。
(アレンが売り子、ねぇ? ちょっと気になるわ)
一度だけアレンが売り子をしている姿を見たことがある。
だがその時は自分もクッキーを詰める作業で忙しく、ちゃんと見たことがなかった。
いつもおちゃらけているような元執事がちゃんとこなせているのか? 不思議と好奇心が湧いたカルラはその場を回れ右した。
「ちょっとアレンの様子を見てくるわ」
「ふふっ、本当にアレンさんのことが好きなんですね」
「ち、違うけどっ!?」
そう答えた時のカルラの顔は、一瞬にして真っ赤に染まっていた。
♦♦♦
自分の好奇心の赴くままに商会の売り場に足を運んだカルラ。
やはりウルデラ領では有名な商会だからか、売り場は人でごった返しており、どうにも忙しない空気が流れていた。
そして、そこには一際人だかりができている場所があって―――
『お兄さん、すっごくかっこいいよね! ここで働いているの?』
『ねぇ、あなた……もしよかったら、このあとうちに来ない?』
『あ、ずるい! 私もお兄さんと遊びたーい!』
若い女の子が黄色い声を上げながら固まっている。
その中心には、見慣れた燕尾服を着た青年が一人立っていた。
「お誘いは嬉しいのですが、私は一介の店員でございまして……今日の売り上げを達成しないことには」
『じゃあ私が買ってあげるわ!』
『お兄さんが売るなら買っちゃう!』
「お嬢様方、ありがとうございます」
見惚れるような爽やかな笑みを浮かべながら、順調に商品を売っていくアレン。
そんな姿を見て、カルラの目は丸くなるばかりだ。
「ねぇ、サクラ……」
「はい、なんでしょう?」
「アレンって、いっつもあんな感じなの?」
「そうですね、アレンさんがいると女性客がたくさん集まってくれるので助かっています。今では一番の売り上げを残していますよ」
確かにアレンの容姿は贔屓目なしに整っている。
あの顔で微笑まれてしまえば、女性客であれば自然と財布の紐が緩くなってしまうだろう。
売り上げに貢献しているのなら褒めてあげるべき。会話を楽しんでサボっている様子もないし、誰も文句は言えない。
言えないのだが―――
「あっ、し、支部長?」
カルラの足が勝手に動く。
ごった返している店内をズカズカと歩いていき、やがてアレンのいるところまで辿り着いた。
そして、カルラは女性客に囲まれているアレンの腕をガシッ、と掴む。
「あれ、お嬢? どうしたんですか?」
いきなり現れたカルラにアレンは首を傾げる。
一方でカルラも、何故か自分自身首を傾げていた。
(な、なんで私……アレンの腕を掴んでいるんだろう?)
別に悪いことをしていたわけではないのに。
自然と足がアレンの下に向かってしまっていた。
カルラの中で自分に対しての行動に戸惑いが生まれる。
「…………」
アレンの無言の視線が痛い。
加えて、いきなり現れたカルラへ周りにいた女性客も視線を注いでいた。
それがカルラの羞恥を駆り立て、思わず顔が朱に染まってしまう。
そんなカルラを見てアレンは小さく笑みを浮かべると、急にカルラを抱え始めた。お姫様抱っこという要領で。
「きゃっ! い、いきなり何を!?」
「すみません、お嬢様方。私は急用を思い出してしまいましたので、これにて失礼いたします」
女性客を残し、アレンはカルラを抱えたまま店内を去る。
ここまで一緒についてきたサクラも置いてけぼりにして。
そして店内を出たアレンは、そのまま支部長の部屋までの廊下を歩き始めた。
「ちょ、ちょっとアレン! いきなりどうしたのよ!?」
自分自身の行動もそうだったが、アレンがし始めた行動にも驚く。
アレンは見上げてくるカルラに、見惚れるような爽やかな笑みを浮かべた。
「お嬢の嫉妬が可愛くてつい」
「嫉妬!? 可愛い!?」
「はい、いじらしくて」
「いじらしい!?」
何を言い始めているのかと、カルラは頬を膨らませてアレンの胸をポカポカと殴る。
でも、それも大して痛くはない。アレンは微笑ましく見てくるだけだ。
それが異様に悔しくて、カルラは手を止めてそっぽを向いてしまう。
「次からは売り子するのを控えますね」
「……好きにしなさい」
店のことを考えるのなら、アレンが売り子をした方が儲かるのに。
カルラが絞り出した言葉は、不貞腐れたような肯定であった。
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