第29話
───それから約三時間ほど。
カルラはアレンに手伝ってもらいながらも、キッチンでせっせと手を動かしていた。
その手が止まる頃にはすでに茜色の空が広がっており、興味深そうに眺めていた従業員も姿が減っている。
カルラはエプロンを外すと、満面の笑みを浮かべて腰に手を当てた。
「できたわっ!」
お菓子作りが楽しかったのか、それとも満足のいく結果ができたのか。
その両方があるからかは分からないが、周囲でその姿を見ていた人間は「こんな可愛い顔もできるんだ」とイメージがアップしていた。
その中で、やっと話しかけられると端の方で様子を見ていたサクラがカルラに近づく。
「お疲れ様です、支部長」
「あら、もしかしてずっと見ていたの?」
「はい、ちょうど手持ち無沙汰でしたし、支部長がすることに興味がありましたから」
「って言っても、ただお菓子を作っていただけだけれどね」
そう言われたらその通りなのだが、新商品を作ると言われて興味が湧かないわけがない。
現在、チョコレートに関する一件はサクラが一任されている。もちろん直接的な権限は支部長が持つが、大きな部分はだいたいサクラが担当だ。
(本来は私が考えないといけなかったのよね……)
責任もある。
故に、ここで引いてしまえば自分に何が残るというのだ。
本当は自分も手伝いたかったところだが、明らかに信頼しているアレンが横にいる以上無粋と判断。
必要なら声をかけられるだろうと思っていたが、蓋を開けてみれば一度も声をかけられなかった。
それどころか、いるということにも気づかれないほどカルラは集中していた。
アリス様と似たような雰囲気がある、と。サクラは内心思った。
「ならせっかくだし、あなたの意見も聞かせてちょうだい」
「も、もちろんです!」
「ほらアレンも、早く手を洗ってこっちに来て」
「うっす」
流しで手を洗っていたアレンがお皿を持ってサクラ達の下へとやって来る。
テーブルに置き、端に置いてあった椅子を三脚持ってきた。
その時───
「お嬢、顔に粉がついてますよ」
「嘘っ、ほんと?」
カルラは袖で顔を拭う。
しかし、袖についていた粉が余計に付着するだけで、頬にまだ残ってしまっていた。
アレンはそんなカルラを見かねて、持っていた布巾をカルラの顔に近づけた。
「ちょ、ちょっとアレン!?」
「じっとしていてくださいね。お嬢の可愛い顔が台無しですよ」
「も、もぅ……自分でできるのに」
「はいはい」
頬を染めながらも、アレンに拭われるカルラ。
その姿は大変いじらしかったのだが───
(この二人、付き合ってるのかな?)
傍からだと、仲睦まじいカップルにしか見えなかったから不思議である。
カルラが聞いたら「付き合ってない!」と即座に否定しそうなものだ。
「それで、支部長が作られたのはこれですか……?」
テーブルに並べられてあるのは一つのケーキ。
ただ、知っている白色がメインのケーキとは違い、チョコレートと同じような黒色であった。
「うちが作ってるチョコレートって固形で単体でしょう? だったら、アレンジする方向で考えてみたの」
カルラは自分の作ったケーキを前に出す。
「チョコレートは固形だけど、元は液体を冷やして固まらせたものだから何かに混ぜてみるのはどうかなって。このケーキはスポンジとホイップクリームにチョコレートを混ぜたわ」
なるほど、と。サクラは話を聞いて感心した。
今、周囲に広まっているチョコレートは冷やして固めたもので、チョコレートのみを売り出している。
その過程が液体であれば、他に混ぜ合わせることも充分に可能だろう。
チョコレートの味は濃い。ならば他のものに混ぜたとしても味が落ちることは考えにくい。
(凄い……確かに誰でも思いつきそうで簡単なことだけど、全然思いつかなかった)
チョコレートではなく、違う商品にチョコレートを合わせる。
どうして思いつかなかったんだろうと、サクラは少し恥ずかしくなった。それと同時に、それをついこの間商人になった人間が思いついた。改めてカルラの凄さを実感する。
「ささ、食べてみて。ほら、アレンも」
「分かりましたって」
アレンはナイフでケーキを食べやすいサイズに切り分ける。
一つはカルラの前に、もう一つはサクラに、そして最後には自分の手元に置く。
それぞれがお礼を言うと、恐る恐る口へと運んだ。
すると───
「んっ! 美味しいです!」
「あら、美味しいわね」
「あ、本当っすね」
サクラだけでなく、自ら作っていた二人も驚く。
試食していなかったんだろうか? そう思ってしまいそうなものだが、サクラはあまりの美味しさに忘れてしまっていた。
「これ、商品化したら絶対に売れますよ!」
「ふふっ、ありがとう……確かに、これだったらチョコレートを求めるお客の層に外すことなく新しい需要を生み出せそうね。アレンはどう思う?」
「俺に聞かないでくださいよ。商売のことなんててんでダメなんで……でも、売れそうな気はしますよ、素人感覚ですけど」
「その素人感覚が一番大事なんじゃない。買ってくれるの人の大半が素人集団なのよ?」
全員が全員、商売に通じているわけではない。
というより、誰もが楽しむお菓子類は基本的に無関係な人間こそが顧客になる。
だからこそ、素人目線の話こそが一番重要視するべきポイントだ。
自分を連れてきた理由が分からなかったが、今になってようやく腑に落ちたアレンであった。
「それにしても、溶かして混ぜるという発想はなかったですね……工数と価格設定は考えないといけませんが、他の商品にも多用ができそうです」
「生地を使うお菓子なんかはだいたいできそうね。それに、パンに合わせたって問題はなさそうな気がするわ───もしよかったら、明日もキッチンを借りてもいいかしら? もう少し色々試してみるわ」
「もちろんです! あ、明日は私もお手伝いします!」
「今の業務に支障がなければ大歓迎よ───アレンも手伝ってくれる?」
「当たり前です……お嬢が無理をしないよう監視させてもらいます」
「あれ? そういうつもりで言ったわけじゃないんだけど……」
少し困った顔を浮かべるカルラを見て、サクラは胸に溢れる興奮を感じていた。
この人なら、面白いことができるかもしれない。もっと盛り上がるかもしれない。それは商人の
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