第28話

『なぁ、どうしてここに支部長がいるんだ?』

『俺が知るかよ。っていうか、俺達何かやらかしたか?』

『にしても、すっげぇ美人よな支部長って。アリス様も大概だったけど、今の支部長も引け劣らないほど美しい』


 などというシェフ達の言葉を遠巻きに聞きながら、カルラはキッチンの前に立っていた。

 上には珍しくエプロンを身に着け、袖捲りをして気合いを入れる。

 柄の入ったピンクのエプロンが、カルラにより一層の女の子らしさを与えていた。


「あのー、お嬢」

「どうかした? それより、あなたもエプロン似合っているわね」

「そりゃどうも……」


 一方、連れてこられたアレンも同じようにエプロンを身に着けていた。

 燕尾服とエプロンという格好には違和感こそあれど、中々新鮮な姿にカルラは思わず笑みを浮かべてしまう。


「いや、そうじゃなくて……そろそろご説明を願えませんかね? サクラさんも戸惑っているじゃないですか」

「あ、いえっ私は……!」

「言ってなかったわね、忘れていたわ」


 久しぶりにキッチンへ立つことができた興奮で、少々気が逸れてしまっていたようだ。


「フランチャイズにデメリットがあるのって知っている?」

「はい、他の商会に情報が渡ってしまうことですよね」

「正解。情報が渡ってしまうっていうことは、商品に対しての優位性が薄れてしまうってことなの」


 確かにフランチャイズはこちらが先手を取った形だ。

 しかしそれは商売に対して優位になっただけであり、商品に対してではない。

 他の商会に情報を流すということは、皆それぞれが同じ武器を手にして戦うということ。

 つまり、ウルデラ商会も同じ土俵で戦うことになってしまったということだ。


「だから、他の商会がチョコレートを商品化している間に私達は先に優位性を取りに行くわ」

「なるほど。もしかして、優位性を取りに行くってことは……新商品を作るってことですか?」

「流石はアレンね、よく分かっているじゃない」


 いや、分かるでしょうと。

 エプロンを身に着けているカルラを見て思う。


「でも、そう簡単に思いつきますか? 思いつくなら、ここにいる者の誰かしらが試していると思いますが……」


 チョコレートはまだ挑戦して成功しただけの未知な存在だ。

 ここに至るまでがアリスの発案で一から十にできたのに、それを二十に増やすなどおいそれとはできない。

 それこそサクラの言う通り、二十にできるのであれば誰かが試している。

 とはいえ、挑戦してこなかったのはチョコレートという新商品に戸惑っていたり、盗まれるという危機感があったため余裕が生まれなかったのも原因だろう。


「ふふっ、私に任せなさい。まぁ、過度な期待はしてほしくないけど」


 カルラはエプロンを翻してキッチンの前に立つ。

 周りを見る限り、器具も材料もあらかた揃っている。ここで商品を作ったりしているので、揃っているのは当たり前ではあるのだが、初めて案内された場所で何をされているかなど知りもしないカルラは満足そうに頷くだけであった。


(期待はしてほしくないけど、手は打っておかないとどこかの商会が先に始めてしまいそうだし、利益を持っていかれるから嫌なのよねぇ)


 同じ土俵に上がってしまったデメリットは、誰かが先に優位性を獲得してしまうことだ。

 フランチャイズのおかげで利益の一部は手に入り、ブランド力は維持できるが、誰かが先にチョコレートを使って新商品を出す可能性がある。

 もし、その新商品が跳ねてしまえば「チョコレートという食べ物を買うならその商会」という認識が生まれてしまうかもしれない。

 そうなれば、ウルデラ商会のイメージは下がってしまうし、客が根こそぎ持っていかれてしまうだろう。


 そのためにも、周りがチョコレートの商品化に専念している間に新しい商品を生み出さなければならない。

 自分が蒔いた種なのだから、自分で解決しないと示しがつかないだろう。


「っていうかお嬢、料理できたんですか?」

「まぁね。こういう想定はしていなかったけど、十歳の頃から少しずつ練習してきたわ―――先のことを考えて、ね」

「……そうですか」


 カルラの中では、子供の頃から国外で暮らしていくというプランが確立していた。

 姉を救うために罪人になる以上、侯爵家にいた時みたいに誰かが料理を作ってくれることなどあり得ない。

 本来は一人で生きていくと決めていたので、料理のスキルは必須だと考えていた。

 だからこそ身に着けていたのだが……その理由を察してしまったアレンは、なんとも複雑な心境になってしまう。


「……そんな顔をしないでちょうだい、アレン。結局役に立っているんだから、憂いることもないわ」

「……そうっすね」


 アレンは内心気を引き締める。

 どうして当事者じゃない自分がカルラのことで気を静める必要があるのか。

 苦しいと思うのであれば、それはカルラ自身がすること。おこがましい自分の同情心に、アレンは情けないと嫌気がさした。


 だからこそ、アレンはいつも通りの笑みを浮かべてカルラの横に立つ。

 少しでも手伝いができれば、と。

 それが分かったカルラは嬉しそうに笑うと、もう一度袖を捲った。


「それじゃあ始めるわよ―――新しい新商品の開発を!」

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