第20話
「私の意見、ですか……?」
笑みを浮かべたまま、さも自然な流れで口にされた言葉にカルラは一瞬呆けてしまう。
後ろにいるアレンもカルラの反応に少し驚き、無表情に徹していたはずの顔に一瞬だけ動きがあった。
だが、ロイは笑みを崩さない。誰もが見惚れてしまいそうな笑みを浮かべ続ける。
「なに、本当に思ったことを言ってくれればいいよ。別にそれがどんなものであれ、こっちは特に怒りもしない。むしろ褒めちゃうかもね」
「お兄様」
急に話を少し変えてきた兄に、アリスはテーブル下で太股を突く。
「アリスも気にならないかい? せっかくの機会なんだ、カルラ嬢だったら何か面白い話でも聞けるかもしれないよ。他人の意見がどうなのかも聞いておくのも、商売では大事なことだしね」
「まぁ、気にならないわけではありませんが……」
止めようと思っていたはずのアリスがあっさりと引き下がってしまう。
経営者として商売を始める人間として、申し訳なさよりも興味の方が強かったからなのかもしれない。
「質問を改めよう―――妹の開発した商品を他の商会が盗もうとしている。対策を考えたいが、カルラ嬢ならどうするのか?」
部屋にいる者の視線がカルラに注がれる。
その色は侮蔑でも嫉妬でも関心でも羨望でもない……ただの興味と好奇心。とは言いつつ、アレンだけは心配も乗っているだろう。
何せ、さも自然な流れでカルラに質問を委ねられたのだから。
普通、貴族であろうが商人であろうが自分の弱みを昨日今日出会った人間に教えるなどあり得ない。
カルラが以前言ったように、信頼関係とは『対等』こそが根拠となり得る。信頼関係が構築されていない相手に自分の弱み……自分の商会の話をするだろうか?
恩人だからというのもあるだろう。だが、前提条件が違う。
(こいつらは明らかにカルラ・ルルミアを狙っている。となれば、この質問にも何か裏があるんだろうさ……俺はカルラ・ルルミアみたいに頭がキレるわけじゃねぇから何かは分からねぇがな)
でも逆に言えば、カルラ本人であれば質問の意図を分かっているかもしれない。
アレンは心配と興味と好奇心が乗った瞳でカルラを見た。
すると、カルラは―――
(……あ? 今、お嬢笑ってなかったか?)
口元を小さく綻ばせた。
ような気がしたと思ってしまうほど小さなもの。この場では誰よりもカルラと過ごした時間が長いアレンだから分かったものなのかもしれない。
もしかしなくても、アリスとロイはそんな些細な変化には気づきもしなかった可能性もある。
だからからか、アレンはカルラの反応がどうなのかが気になった。
そして皆の視線を集まる中、カルラは―――
「申し訳ございません、分かりませんわ」
それこそ大きな笑みを浮かべて、皆の期待を裏切る言葉を口にした。
「本当に、この前の宣伝はたまたま思いついたものなのです。素人の私が何か思いつけるはずもありません。それこそ、商売の「し」の字も知らない女ですから」
「そうかい」
一瞬目を丸くしたロイは、カルラの言葉を聞いて先程まで浮かべていた笑みをすぐさま浮かべた。
「すまないね、急に変なことを聞いて」
「ふふっ、こちらこそお力になれず申し訳ございません」
「そんなことないよ。急に聞いたのはこっちだからね―――さぁ、気を取り直してじゃんじゃん食べてくれ! そもそも、君にはお礼をするために呼んだのだから!」
横にいるアリスは首を縦に振って肯定を。
笑みを向けられているカルラは「ありがとうございます」と言って食事を再開した―――
♦♦♦
―――公爵家による食事会が終わった二人は、すっかり暗くなった夜道を歩いていた。
断ってしまったために送迎はなし。気分転換がてらに、涼しくなった宿までの帰路をゆっくりと進む。
月明かりによって輝くカルラの髪が靡き、少しだけ幻想的とも呼べる姿がアレンの視界に映った。
でも、見惚れることはしない。
それよりも気になることがあった―――
「お嬢、どうしてあの時惚けたんですか?」
「あら、分かっちゃった?」
横を歩くカルラは少し感心する。
よく見ているな、と。まさか勘づかれているとは思っていなかった。
「そりゃ、ある程度長い付き合いですからね。お嬢の顔を見たらなんとなくそうなんじゃないかなって思いますよ」
「よく理解してくれて嬉しいわ―――だったら、あとはその先ももう少し理解してくれたらもっと嬉しい」
カルラはアレンの横で笑う。
でもそれは令嬢らしいお淑やかなものでも気品があるものでも年相応の無邪気なものでもなかった―――不遜で、女の子らしからぬ獰猛な笑み。
アレンの背筋に一瞬だけ悪寒が走る。
その理由は―――
「あの人達、私を舐めているわ……食事をしただけなのに、タダで情報を堂々と引き出そうとした」
……怒っている。
流石のアレンも、それだけは感じ取れた。
「正直流されてもいいかなとは思っていたの。上手く誘われちゃったし、これから公爵家につけば安定した人生が送れるかもって。でもね―――」
カルラはアレンの瞳を覗き込んだ。
アレンの瞳に映るのは、カルラの透き通った瞳と……真っ直ぐな憤りだった。
「私、簡単に丸め込めるほど安い女じゃないのよ」
♦♦♦
「お兄様、早計ではありませんか?」
カルラがいなくなった食堂にて、アリスは可愛らしいジト目でロイを責める。
「全然早計なんかじゃないよ。言っておくけど、こう見えてちゃんと考えて動いたんだよ?」
ジト目を一身に受けるロイはワイングラスを片手に、小さく笑みを浮かべた。
誰もが見惚れるような笑みではない……少し、背筋が凍ってしまうほどのもの。言うなれば、どこか肉食獣のソレと似ているのかもしれない。
「予想通り、カルラ嬢は抜け目ない。どうせ公爵家が抱えようとしているのも理解していたんだろうしね」
だから、と。
ロイはジト目を向ける妹に向けて言い放った。
「だから少し刺激させてもらったんだよ―――あとは、これから種を撒けば勝手に芽を咲かしてくれるだろう。アリスも、しっかり準備しておくんだよ? 友達がほしいなら、ね」
「……分かりました、お兄様」
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