第21話
「そろそろ別の場所に行った方がいいのかしらねー」
日が昇り、外から人の活気が聞こえ始めてきた頃。
カルラは窓淵に頬杖をつきながら、人の行き交う光景を見てふと呟いた。
「いつになくやる気がないっすね、お嬢」
テーブルの上にお金を広げて現段階までの所持金を数えるアレン。
カルラほどではないが、その姿はどこか気怠そうに見えた。今の二人を見ていると、明らかに外出はしないのだろうと思わせられる。
「だって、昨日あんなことがあったのよ? 久しぶりに神経使って疲れたの」
「あー、久しく貴族の人達と話していなかったですもんね。気疲れするのも無理はないっす。しかも相手は公爵家」
「そうなのよ……」
昨日は本当に予想外の一日であった。
通りすがりの女の子を助けたと思えば公爵家の人間で、まんまと思惑に乗せられ食事会に参加。
別に元貴族ということもあって貴族様と話したことは数えきれないほどあったが、貴族を辞めて以降はまともに会話すらしたことがなかったため、一日ぐっすり寝てもすり減った神経は中々復活することができなかったのである。
「もうこれ以上は目をつけられないとは思うけど、やっぱり何かありそうな予感もするし今のうちに離れた方がいいと思ったの」
別にカルラはこの場所に留まる理由はない。
ただ国境沿いの街だからという理由で滞在しているだけであって、望めばどこにだっていけるのだ。
面倒事の予感がするのであれば、さっさとここから退散したい。そう思ってしまう。
「それじゃ、次はどこに行きます? せっかくなので、公国の観光名所でも行ってみますか? お嬢と俺の所持金を合わせると結構ありますし、問題はないかと」
当然のように一緒に行くと口にしたアレンを見て、カルラは小さく口元を綻ばせる。
なんだかんだ一緒の部屋に泊まるのも慣れてきてしまい、今のカルラには初日の朝のような気まずさは残っていなかった。
だからからか、カルラは立ち上がって当たり前のように言ってくれたアレンの横へと腰を下ろした。
「公国ってどんな場所があるのかしら? 私、そこまで詳しくないのよね」
「そうっすね……リンデ海峡とかアッセンって街は有名ですね。リンデ海峡はリゾート地として、アッセンは温泉街として毎年色んなところから観光客が集まるみたいです」
「温泉……温泉かぁ」
温泉というワードに反応するカルラを見て、アレンは笑った。
「なんですか、お嬢。もしかして温泉好きだったりします?」
「一度も入ったことがないのに好きも何もないわよ。ただ、一度ぐらいは入ってみたいなと思っただけ」
「あははっ! やっぱり女の子っすね~!」
「……それ、関係ある?」
別に『女の子=温泉好き』というわけでもないだろう。
でもアレンの中ではそのイメージがあるらしく、横に座る彼はおかしそうに笑っていた。
どこか釈然としない思いもあるが、楽しそうなアレンを見てカルラもついつられて笑ってしまった。
「でもアッセンに行くにはちょっと行程は考えないといけないですね。何せ、ここから真反対ですし」
「また馬車の旅になりそうね」
「お尻が痛くなるビジョンが見えますよ……」
馬車自体に乗り慣れていないアレンはどうやら馬車が苦手みたいだ。
確かにこの街に来た当初、何やら「尻が痛い」と言っていたような気もする。
「別にアレンのペースに合わせるわよ? アレンが痛い思いをしてまで行こうとは思っていないし」
「優しいのはいいですけど、この時ぐらいは素直に行きたいところに行きましょうよ。俺は無理言って付き合わせてもらっている身ですから」
アレンは唐突にカルラの頭に手を置いた。
何事かと思ったカルラだが、すぐに優しく撫でられ始めて目が丸くなってしまう。
「せっかく自由の身になったんです。これからの人生ぐらい、お嬢の好きなように生きてみませんか?」
からかうような表情ではなく、どこか柔らかくも温かい、優しい表情。
撫でられていることもあるが、そんな顔を向けられてしまいカルラの頬は朱に染まった。
「……わ、分かったわよ」
「なら決まりっすね!」
アレンは撫でる手を引っ込め、テーブルの上に置いてあるお金を小袋に詰め始めた。
頭の上にあった大きな手のひらの感触が消え、カルラの胸の内にどこか寂しさが生まれる。
(別にもう少し撫でてくれても……って、何考えているのよ私は!?)
突如頭に浮かんだ邪念を振り払うかのように、カルラは首を大きく横に振る。
なんていうことを思ってしまったのかと、カルラは後悔に苛まれた。
そして、理不尽な責任転嫁を始めたのであった。
(そもそも、アレンが急に撫でてきたのが悪いんだし───)
その時、ふと部屋の扉がノックされる。
「はいはーい!」
誰かが来たということで、アレンは立ち上がりそのまま部屋の扉を開けた。
すると、そこから姿を現したのは宿の受付にいた大きな体躯をした男性であった。
「あの、宿代なら前払いで払いましたよね?」
「催促ではない。単純に、君達へ客人が来ていると伝えに来ただけだ」
客人? と。
アレンとカルラは同時に首を傾げた。
何せ、こんな隣国の辺境に二人の知人などいるわけもなく、客人として訪れる人に心当たりはない。
いるとすれば、先日お店を手伝ったリアぐらいだろうか? だからこそ、不思議に思う。
すると―――
「公爵家からの遣いだとよ」
「……は?」
宿の人は、そんなことを言い始めた。
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