第19話
「君がアリスの恩人達だね! さぁさぁ、遠慮せずに食べてくれ!」
などと言っているのは、白髪の青年であった。
身長はアレンと同じぐらい、それでいてアレンにも引け劣らないほどの端麗な顔立ち。ここは兄妹だからか、社交場にでも顔を出せば黄色い歓声がもらえること間違いなしの容姿をしていた。
決して美形に見慣れているわけでもない女の子のカルラだが、不思議と目がハートになるような感情は湧き上がってこなかった。
少しぐらいは目が惹かれるだろうか? と顔を見た瞬間に思ったが、そうでもなかったことに自分自身不思議に思う。
(アレンが傍にいるからかしら? 確かに、アレンだったら何故かドキッとするんだけど、他の人だとなったことないのよね)
他人事のような結論を出したカルラは正面に座る青年を見る。
家督を継ぎ、現在正式な公爵家の当主───ロイ・ウルデラ。どうやら、彼も妹を助けてもらったということで同席していた。
テーブルの上には豪華な食事が並び、程よく空いているお腹に刺激を与える。
ロイの横にはアリスが座っていた。ここに連れてきたのも彼女であり、お礼をしたいという張本人が座るのは普通のこと。
ただ気に食わないのは───
「……どうしてアレンは一人だけ後ろにいるのよ!?」
背後を振り返り、すぐ傍で立っているアレンに小さな声で文句を言った。
公爵家の面々が座っている中、同席しているのが自分だけだとなると、あからさまにカルラだけが出迎えられているような構図になってしまう。
助けたという体裁で進めるのであれば、敵を撃退したアレンもお礼を言われる立場になるはず。なのにどうして?
「いや、主人の顔を立てるのは普通ですよ。ほら、俺って執事なので」
「元、ね! 今は一緒の平民でしょ!?」
「まぁまぁ、落ち着いてくださいよお嬢。ここは一応貴族の家……何が起こるか分からないじゃないですか、何かあって「食事中です」っていうのは遅いんですよ」
「むぅ……それはそうかもしれないけど」
身を案じてくれているのは分かった。
それでもどこか一人だけ逃げたような感覚もあって、カルラの中では釈然としなかった。
だから自然と頬を膨らませたのだが───
「お嬢、可愛いですね」
「ひゃっ!?」
アレンに耳元でからかわれてしまう。
思わず耳を抑え、頬を赤らめながらアレンを睨むのだが、当の本人は傍観者を決め込んだのか急に無表情で正面を見ていた。
それが余計にも腹が立ち、カルラは「あとで仕返ししてやる」と心に決めて同じように前を向いた。
(まぁ、お嬢の可愛い反応は置いておいて───明らかにカルラ・ルルミアを狙っているのは分かりきってることだし、警戒はしなきゃいけねぇよな)
嵌められた……という確信はアレンにはない。
でもカジノで見られていたという事実がある以上、その可能性は高いと判断している。
カルラとは別の理由ではあるが、アレンの中では警戒に足る充分な理由だった。本当はここに連れてこさせたくはなかったが……上手く立ち回れなかった以上、もう仕方のない話。
手を広げてカルラに食事を促しているロイを見ながら、そっと警戒を始めるアレンであった。
「それにしても、アリスを助けてくれたのがまさかカルラ嬢だったとはね」
食事を始めたロイが会話を切り出した。
「……私のことをご存知なのですか?」
「あぁ、もちろん」
それは王国での自分のことを言っているのだろうか? そう思ったカルラだが、とりあえず会話の流れに乗る。
あからさまに動揺してしまえば、相手のペースに飲まれかねないと分かっているから。
「ここ一帯はうちが治めている領地でね。基本、領地の大まかなことは把握している───特にここは国境沿いで商人が行き交う場所としても栄えている。経済の根幹であるその市場での動きというのは、領主として最低限知っておかないとね」
「……なるほど」
つまりは、自分が店を手伝ったことが知られているということ。
確かに、それなりに騒がせた自覚も少しはあるため心当たりとしては充分。ロイが知っているという理由にも納得ができる。
(ただまぁ、それで終わらせるのは早計よね)
そんなことを思いながら、カルラも料理に手をつける。
やはり公爵家の料理だからか、ここ最近食べた中では郡を抜いて美味しかった。ルルミア侯爵家にいた時のことを思い出すぐらいには。
「そこで君の考えた宣伝方法はとても興味深かったよ。我が公爵家もいくつかの事業を立ち上げていてね、一人の商人として僕も驚かされた」
「そんな、大したことはしておりません」
「謙遜というやつだね。実際に僕も驚いたし、アリスも驚いていたよ───勉強になるな、そう思うぐらいには。ねぇ、アリス?」
「ふふっ、そうですね。しかし、それよりもカルラ様があのお店を盛り上げた人だということに驚きましたが」
「あれ、言ってなかったっけ?」
「そういう人がいるぐらいとしか聞いていませんよ。お名前も容姿も何一つとして教えてもらっていません」
アリスはカルラを見てお淑やかな笑みを浮かべる。
どこまで嘘か本当か掴めないようなもの。でも、カルラはどこか白々しさを感じていた。
しかし、それはそれ───相手がどこに嘘を交えていようが、今は会話を繋げた方がいいだろう。
「妹も最近社会勉強として一つ商売を始めたんだ。だからか「凄い凄い!」と大はしゃぎで───」
「そこまではしゃいではいませんでしたよ!?」
「ははっ、似たようなものだったじゃないか!」
カルラの心情など知らないかのように、二人は会話に花を咲かせる。
とても仲のいい兄妹なんだと、カルラは思った。
だからからか───
(私も、お姉様と……)
脳裏に実の姉の顔が思い浮かんでしまう。
それは嫉妬からか、それとも羨望からか。どちらにせよ、もう叶わぬものを引き出しても仕方がないと、カルラは姉の姿を頭の隅に追いやった。
「それはよかったです。アリス様のお力になれたのであればこれ以上嬉しいことはありませんから」
「一人の兄として感謝するよ。とはいえ、我々が手を出す前に目敏い商人は君の宣伝方法を吸収するだろうけどね」
「充分な利益を稼いだので、誰が何をしようと構いませんよ。商人とは、儲かる方法があれば食いついてしまう魚のような生き物ですから」
「ははっ、言い得て妙だね。となれば、君は釣り人の枠になるのかな?」
「そもそも商人ではなく一介の平民ですので、魚釣りには参加できそうにないですわ」
ロイだけでなく、カルラも冗談を口にして笑う。
一見カルラの緊張もほぐれ、場が和んできたように見えた。それでもアレンだけは傍付きらしく無表情に徹している。
「そういえば、最近アリスが抱えている事業がかなり難航していてね」
「そうなのですか?」
「……えぇ、お恥ずかしいお話ですが」
「商売というのは難しいからね。余程の天才じゃない限り、初めてで成功するというのは難しいよ」
その言葉は遠回しに初めてで商売を成功させてしまったカルラを褒めているのか?
会話に混ざらず傍観者を決め込んでいたアレンはどうしてもそう思ってしまう。
「アリスの考えた新商品が成功したんだけど、維持の側面で問題があってね。今は技術とレシピを盗もうと我が商会に他の商会が手を回してきているんだ」
一方でカルラは話を聞きながら近くにあった水を手に取って口を潤した。
「そこで、だ」
その時、ふとロイの視線が細められる。
「せっかくだし、カルラ嬢の意見を聞かせてはくれないかな《・・・・・・・・・・・・・・》? 君だったらこれからどうするか、とかね」
しかし、彼はずっと笑みを絶やさずであった。
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