第18話

 公国の中で、ウルデラ公爵家は有名だ。

 もちろん、王家に次ぐ公爵家という理由もあるが、ここでの有名というのは少し違う。

 それもこれも、ウルデラ公爵家の兄妹のせいだろう。

 あらゆる面で才能を伸ばし、瞬く間に同年代のカーストを駆け上がり社交界を騒がせたという。


 その兄妹の妹───アリス・ウルデラは計略家であった。

 といっても相手の心理を掌握して誘導するようなキレるタイプではない。

 何重にも重ねた計算を積み上げて相手を丸め込む。大勢から『天才』と呼ばれてきたが、一番の力は恐らくこの部分だ。

 それはアリス本人も自覚しており、最もたる強みだと思っていた。


(ふふっ、無事にカルラ様を釣ることができました♪)


 カルラ達の先を歩きながら、アリスは鼻歌でも歌い始めてしまいそうなぐらい喜ぶ。

 もちろん顔には出せないので心の中で留めてはいるが。


(カルラ様の優しさに漬け込んでしまったようで罪悪感は湧きますが……まぁ、これも私のお友達獲得のためです。どこかでしっかりとお詫びをしましょう)


 アリス・ウルデラの目的はカルラである。

 カルラを公爵家で抱え込むために、アリスは回りくどくも自然に接点を作ることにした。

 具体的には適当な冒険者を雇って私を追ってほしいと依頼をしたことなど。


 アリスがカルラの目の前を横切ったのはすでにお気づきだろうが偶然ではない。

 追われていると思わせ、カルラの優しさを引き摺り、あとを追わせる。

 追いかけてくれば路地へと逃げ込み、適当なタイミングでカルラと合流。雇った冒険者が現れ庇ってくれるところに別の雇った冒険者を呼んで撃退したように見せる。


 それで庇ってくれたのであればお礼をする……という口実を作り、公爵家へカルラを呼ぶ。

 そこからは兄に任せて確実に抱え込む。そう考えていた。

 しかし、想定外のことがあった。


(まさかカルラ様とアレン様があれほど強いとは……)


 カルラは相手の意識を突き一撃で、アレンは瞬く間に何人もの冒険者を倒した。

 殺してはいないだろうが、あまりの力量にアリス自身素で驚いてしまうほど。

 雇った冒険者に申し訳ないと、アリスは思う。


(とはいえ、それは大したことのない範囲です。私のプランは変わりませんよ)


 すっかり暗くなった屋敷までの道。

 本来であれば貴族の令嬢はこんな時間帯に護衛もつけず歩くなど言語道断。しかし、それもしっかりとカバー済み。

 姿は見えないが、本来ついているはずの護衛の騎士は物陰に隠れて護らせている。護衛がいてしまえば、そもそも「追われる令嬢」を演出できないからだ。

 とはいえ、冒険者を一瞬で倒してしまえる相手が傍にいるので、護衛など必要ないかもしれない。


(ますますほしくなってしまいました、カルラ様。どうやら商才もおありのようですし、人柄も決して荒くもない……こんな逸材を追放するなど王国もまだまだですね)


 アリスがこの計画に踏み切ったのは二日前のことだ。

 カジノで興味を示し、兄にカルラという少女を探してもらい、その時アリスはカルラが商売を手伝っているという情報を仕入れた。

 アリスもここ一帯を治める領主の家系として大方の市場の動きは把握している。

 以前までは赤字続きでいつ店を畳むか分からなかった店が、急に売上が伸びたことも。


 タイミングがよすぎる───だからこそ、アリスはカルラが「何かした」のだと考えた。

 結果としては案の定他の店を使って宣伝をした画期的なことをしていたのだが……それがアリスの心を大きく揺さぶった。

 主にこれが踏み込むきっかけなったのだろう。


「ふふっ、お二人がいると心強いですね」


 アリスは振り返り、紳士誰もが見蕩れる笑みを浮かべる。


「……何がですか?」

「ふと先程の光景を思い出してしまったので」

「そんな、私など素人に毛が生えた程度です」

「箱入りだった令嬢が男を倒してそりゃないっすよ」

「う、うるさいわね、あなただって強かったじゃない!」

「俺はほら、お嬢を守るために鍛えてましたから」


 珍しく頬を膨らませてポカポカとアレンを叩き始めるカルラ。

 その姿はとても可愛らしく、アリスは少し羨ましく思ってしまうのと同時に願望を抱き始める。


(このような人とお友達になれたら楽しいですよね)


 アリスの目的はカルラを公爵家に迎え入れること―――なのだが、厳密にはちょっと違う。

 社交界で出会う貴族の令嬢との会話は、少しつまらなかった。見ている世界が違うのだなと、そう思わせるぐらいには。

 何せ、アリスは宝石やら服やら異性やらに頓着して盛り上がれるほど興味はない。いかに領地を盛り上げるか、事業を成功させるか。

 そういった討論や意見交換こそが楽しく、アリスの興味を惹くものであった。


 かといって普通の貴族令嬢がそのようなことを考えるとは思えない。そこは天才ともてはやされるアリス故だろう。

 だから友人を欲した―――具体的には、同じ土俵で話ができる同年代の人間を。

 カルラはピッタリだ。カジノで初めて見かけ、さびれた店を一週間にして盛り上げてみせた時からずっと。

 その気持ちは増すばかりで、ついにこうして接点を作ることにしたのだ。


(お兄様もカルラ様をほしがっていましたし、公爵家としてはデメリットはありません。ならば、少しぐらい私情を挟んでもいいですよね?)


 あとはどうやってカルラを引き入れるかが問題なのだが、今は考えるのをやめよう。

 後ろにいるカルラと少しでも会話をして益になる情報を引き出すこそが自分の益だ。


「お二人は本当に仲がよろしいですね。やはり主従というところでしょうか?」

「……今の俺とお嬢って主従に見えますかね?」

「見えるんじゃないかしら? 少なくとも、前まではそんな関係だったわけだし」


 主従であったことは否定しない。

 警戒心が緩んでいるからか? とはいえ、兄から聞いた情報は間違いなさそうだ。


(やはり、王国のルルミア侯爵家の人間……国外追放されてしまったカルラ・ルルミアで間違いないですね)


 名前を聞いた時はまだ確信はなかったが、これで確信に繋がる。

 だとすれば、やはり流れてきた噂とは違う人間みたいだ。とても癇癪が多く不遜、姉を虐げて甘えっぱなしの生活を送ってきた女の子とは思えない。

 噂はあてにできませんね、と。アリスは苦笑いを浮かべる。

 ともあれ―――


「さぁ、着きました。ここが我が公爵家の屋敷です」


 自分のするべきことはカルラ・ルルミアを公爵家に迎え入れること。

 そして、友人を作ることだ。



 ♦♦♦



「っていうか、言ってよかったんですか?」

「何がかしら?」

「俺達が元主従だってこと」

「あぁ、問題ないわよ。どうせそこら辺の情報はすでに掴んでいるでしょうから」


 それに、と。

 カルラはアリスに見えないように小さく笑みを浮かべる。


「なるようになるって生き方も、もしかしたら悪くはないかもしれないわ」


 それを聞いたアレンは少し眉を顰めた。

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