第14話

 ───それから一週間の月日が経った。

 アレンとカルラは毎日のようにリアのお店へと足を運び、色々なことをしてきた。

 未経験で初めての試みであるカルラの言葉を毎日のようにメモを取るリアの姿は一生懸命の一言。

 故に、教えているカルラもやる気が出てくる。勉強半分善意半分で行った商売であったが、純粋に成功してほしいという気持ちが芽生えてきた。

 ……だからからか───


「めっちゃ人増えてませんかカルラさん!?」


 出店の前には、長い行列ができるほどになっていた。


 何回目になるか分からないリアの悲鳴が出店の中から聞こえてくる。もちろん、クッキーを焼きながらという前提ではあるが。


「流石の私もここまでとは予想外だわ」


 エプロン姿のカルラが袋にクッキーを詰める。

 令嬢人生でやったことのないお店の仕事に、驚いていると言いつつもどこか楽しげだ。


「いやー、ほんと。お嬢の天才っぷりには驚きますよ───あ、銅貨三枚のお釣りですね! ありがとうございました!」


 そして、客を捌きながらカルラを褒めていくアレン。こちらも楽しげな表情であった。


「本当に凄いですよ! カルラさん、私こんな行列ができるだなんて夢にも思いませんでした!」

「別に大したことはしていないんだけどね……」

「そんなことありません! カルラさんが教えてくれた宣伝はどれも素晴らしかったです!」


 お目目を輝かせながらリアは立役者であるカルラの謙遜を一蹴する。

 その眼差しを受けたカルラは苦笑いだ。ついでに「こんな小さなオーブン初めて見たわ。自作かしら?」などと別のことも思っていたりする。


「でもよく思いつきましたよね……別のお店に自分のお店の看板を出す《・・・・・・・・・・・・・・・・》なんて」

「堅実にいくならビラとか作ったり声をかけたりすればよかったんでしょうけど、生憎と短期間で効果を出すならこの方法しかなかったのよ。でも、結構効果はあると思うわ」


 ―――カルラがここ一週間でしたこと。

 それは別のお店でリアのお店の看板を建てるというものであった。


「認知度が低いなら認知度の高い場所で宣伝してもらえばいい。人気のお店ならお客さんもよく足を運ぶでしょうし、必ず目に入れてくれる―――それに、人気のお店で「この店もオススメ!」なんて書いてあったら、期待値は上がるでしょう?」


 一からビラを作ったり、店の前で客寄せしたりしても関心がない人間には相手にされないし見向きもされない可能性が高い。

 なら確実に目に留めてくれる場所———たとえば、市場で一番人気のあるお店の中だとか、軒先に看板を作ってしまえばいい。足は勝手に入ってくれるわけだし、否が応でも目を惹く。

 更に、人気のお店がリアの商品を薦めていたらどう思うだろうか? 安心で期待しているお店がいうのであれば満足いくかも……そう思ってもおかしくはない。


 短期間で効果を出すなら、カルラはこの方法こそ一番だと思った。


「月に売り上げの数パーセントを報酬で支払いますって言えば、大体のお店は協力してくれるわ。何せ、ただ看板を置いて少し褒めてあげれば勝手に毎月お金がもらえるんだもの」

「しかも、売り上げの数パーセントだったら売れなかった時でも支出は最小限ですしね!」

「そういうことよ。あとは同じ料理店とか菓子屋で看板をつけるっていうのもポイントね。客層が違う場所に置いても、ニーズ違いなお客さんは見たとしてもスルーしてしまうもの。といっても、まさかここまで客足が増えるなんて思わなかったわ―――もしかして、誰もこの方法を使っていないのかしら……私でも思いつくんだから誰かしらは思いつきそうなものなんだけど」


 背中越しに聞いていたアレンは「思いつかねぇよ」などと軽くツッコミを入れる。

 カルラの宣伝方法は間違いなく効果が出る。ローリスクハイリターンなのは、商売を知らないアレンでもすぐに分かったことだ。

 しかし、今のご時世に誰がこんなことを思いつく? 自分のお店の利益を出すために知りもしない赤の他人の力を借りるなど、誰も思いもよらなかっただろう。

 改めてカルラの天才っぷりに舌を巻くアレンであった。


「本当はこのあと商品の質を向上させたり価格の見直しをしておきたかったんだけど……今の反響っぷりを見る限り、しばらくはしなくてもよさそう。よっぽどあなたのクッキーが美味しかったのね」

「い、いえっ! そんなことないですよぉ!」

「ふふっ、本当のことよ。多分、看板だけじゃなくて口コミでも広がっていったんでしょう。あなたのクッキーは後味が凄くいいもの、他のクッキーにはないポイントね。そこが綺麗に差別化できたからこそ、こうしてお客が増えていると思うの」


 口コミというのは、商売をするにあたってはこちらも重要なポイントとなり得る。

 昨今、情報を伝えていくというのは直接足を運ぶ、新聞といった媒体を買う以外だと人の口伝手しか方法がない。

 あのお店は悪かった、高かったなどという話を聞いてしまえば、わざわざお金を払ってまで審議を確かめようとはしないだろう。でも逆に言えばあのお店はよかったなどといった声を聞いてしまうと、人は期待値を上げていく。

 試してみようかな? なんて考える人も生まれてくるわけだ。


「なるほど……じゃあ、自信を持つことにします!」

「ふふっ、そうでないと私も手を貸すなんて考えなかったわ」


 元気になったリアの姿を見て、カルラは笑みを浮かべる。


「でもまぁ、意外なのは男性客もいることね……予想では、女性や子供ばかりが足を運ぶと思っていたんだけど」


 行列の中には男性のお客の姿も見えた。

 カップルや夫婦でいるのならまだしも、見るからに男性一人だけという意外な光景。

 クッキーというお菓子は男性も食べるお菓子ではあるが、そもそも好んで買おうとまではいかないのでは? と、カルラは思っている。

 だからこそ、それが不思議に感じたカルア。

 その時、お客を捌いていたアレンが振り返ることなく口を開いた。


「あー、それはきっと恋人に渡すために買いに来てるんじゃないっすかね?」

「そうなの?」

「全員とは言いませんけど、何人かはいると思いますよ———この前お嬢が看板の交渉に行っている間、クッキー持ってブラブラ歩きながら「美味い! これ絶対女の子好きだし、プレゼントしたら喜びそう!」って言い回ってたんですけど、周囲の反応が結構よかったんでそのせいかもしれないっすね」


 アレンはどこか誇らしげに言った。

 自慢……の類いではないだろう。今のアレンは、純粋に「役に立てた」という想いがありありと伝わってくる。

 それが嬉しくて、カルラに向けた時のような感謝をリアは伝えた。


「ありがとうございます、アレンさん!」

「いえいえ、俺もこの店が人気出てくれて嬉しいですよ」


 少しだけ振り向き、子供らしく無邪気に笑ってみせるアレン。

 その姿が、どこかカルラの胸を温かくした。


(ほんと、アレンってば……)


 自分が言い出したことで、付き合わせているだけなのに。

 こうして頑張ってくれている姿を見ると、どうしても嬉しく思ってしまう。ドキドキと脈打つ鼓動が、少しうるさくなっていくのを感じる。

 ……でも、それはきっと忙しいからだろう。

 カルラはそう自分の中で決着をつけると、頬を叩いて気合を入れた。


「よしっ! じゃあ最後までじゃんじゃん売っていくわよ!」

「うっす!」

「はいっ!」


 カルアのかけ声に、二人は大きな声で返事をする。

 それから客足が衰えるまで―――三人は全力でクッキーを売り捌いていった。



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