第13話

「お嬢、いいんっすか……?」


 いきなり商売に噛むという話を口にしたカルラにアレンは小さく耳打ちする。


「あら、別にいいじゃない。ここのクッキー、美味しいんだもの。気に入っちゃった♪」

「可愛く言わないでください、キュンってきちゃったじゃないですか!」

「キュン?」

「というより、黒字の商売に乗るんだったらまだしも赤字まっしぐらの旨みもなさそうな店に───」

「まぁまぁ、こういうのも商売の練習だと思ってやってみるものよ。大丈夫、あなたのお金は使わないし迷惑もかけないから」


 そういう問題じゃないんだけどなぁ、と。アレンは頭を搔く。

 一方で、店員の少女はいきなりのことに少し呆けた顔を見せていた。しかし、それも二人の内緒話が終わるとすぐにハッと我に帰る。


「あ、あのっ! 噛むってこのお店を手伝うってことですか!?」

「えぇ、その通りよ」

「でも、今の状況で人を雇える余裕なんて……」

「勘違いしないでちょうだい。私は一緒に商売・・をやらせてほしいっていうだけで、あなたの下で働くわけじゃないわ」


 提案はあくまで商売に参加させてほしいというもの。

 部下として働くという話ではないので、当然賃金も発生しない。言わば二番目のオーナーになりたい、カルラの提案はそういうものだ。


「もちろん、私が関与した商売で発生した費用は私が受け持つわ」

「え、でもそんなことしたらお客さんが大変なことに……」

「ふふっ、これは投資よ。成功すれば返してくれればいいし、それ以上儲かれば利益の一パーセントぐらいでも分けてくれればいいから」

「うーん……それならいいのかなぁ」


 店員は腕を組んで一人悩む。


(いや、ナシだろ)


 アレン、内心一人ツッコミを入れる。

 といっても、これは店員の少女に対してではない。店の経営者とすれば、これほど美味しい話はないだろう。メリットはあれどリスクは皆無なのだから。

 むしろ、問題なのはカルラの方だ。


(儲かったら返してもいいっていうのは失敗したら返ってこないっていうこと。それに、利益の一パーセントなんて商品単価の低いクッキーだけなら限界もあるし額も低い。ほぼ慈善活動じゃねぇか)


 本当に勉強がてらで商売をしようとしているのか? 不安が募っていくアレンであるが、それもすぐさま頬を叩くことで気を引き締めた。


(いや、失敗してカルラ・ルルミアの金がなくなっても俺が当面支えてやりゃいいだけじゃねぇか! 惚れさせるんだろ、アレン・アルバート!? だったらここで甲斐性を見せなきゃ始まらねぇ!)


 やりたいようにやらせる。

 それを望むのであれば、今まで望んでこなかった分自由にさせてやるのだ。

 そう内心で改めて決意し、アレンはすぐさまいつもの表情に戻った。


「……ほんと、優しいんだからアレンは」


 そんな様子を見ていたカルラは小さく零す。


(どうせ失敗しても自分が支えてやればいい……みたいなことを考えてるんでしょうね、アレンは)


 つくづくいい人間だなと、カルラは内心思う。

 ここまで自分を大切にしてくれる人間はいただろうか? 少なくとも、姉以外にはいなかっただろう。

 無論、失敗させる気などさらさらない。やるからには成功させる───のだが、少し気持ちが楽になった。

 横にいる頼もしい元執事のおかげで。故に、カルラの顔には小さな笑みが浮かんでいた。


「わ、分かりましたっ! それなら是非ともお願いします!」


 互いに色々なことを考えていると、少女は考えを纏めたのか勢いよく頭を下げた。


「ふふっ、決まりね。これからよろしく───あぁ、私はカルラっていうの。こっちはアレンね」

「アレンです、どうも」

「わ、私はリアって言います!」


 互いに自己紹介を終え、カルラは腰を据えて話すために手に持っていた小袋を口を閉じた。

 それを確認したアレンは自然な動作でカルラから小袋を取る。邪魔にならないよう持ってくれるためだろう。本当に気が利く男である。


「さて、リア……まずはどうしてあなたのお店が盛り上がらないかを考えてみましょうか」

「はいっ!」

「まず、商売の基本ってなんだと思う?」


 カルラの問いに、リアは頭を悩ませる。

 それは少しの間だったが、表情を見る限り真剣なのだと窺えた。


「美味しい商品、ですか?」

「違うわ、宣伝・・よ。商品の質なんて、規模が大きくなってからの話ね」


 リアはカルラの言葉に首を傾げる。加えて横にいるアレンも同様に首を傾げていた。

 カルラは二人の顔を見て苦笑いを浮かべる。


「どこのお店もそうだけど、立ち上げたばかりのお店の商品なんて皆知らないの。たとえどんなに美味しかろうが、手に取ってもらわなければそもそも土俵には立てないわ。大事なのは「知ってもらう」ことと「美味しそう」っていうことだけ。それさえ満たせてしまえば、ぶっちゃけると本当に美味しいとかいい物だとかってどうでもいいのよ」


 知ってもらわなければ買ってもらう顧客など現れない。

 店先で突っ立っていても「なんの商品か?」、「買わなくてもいいか」という状況に陥る。

 当たり前のことだろうと思うが、商売では必ずそこだけは意識しなくてはならない。

 そして、あとは人間の「興味」。知ってもらえたとしても「あ、そうなんだ」で終わってしまっては意味がない。

 食べ物を売るのであれば、如何に「美味しそう」だと思わせるか。思わせられるのであれば、極端な話をすれば味など二の次で問題ないのだ。


「食材であれば価格競争の単独とかになるんでしょうけど、リアがやっているのはお菓子という料理のジャンルよ。だからこそ、顧客は「美味しいそう」かどうかを先に見る。値段や味っていうのはもう少ししたら考えるべきね」

「……とりあえずは宣伝をするところからっていうことですね」

「その通り。もしかしなくても、あなたは何もせずに市場でお店を出したのでしょう?」

「は、はいっ! でも、よく分かりましたねカルラさん」

「あなたさっき「ようやく店を出す許可をもらった」って言っていたわよね? だったらそこで終わったんじゃないかって思っただけよ」


 図星だったのか、リアは胸を押さえて苦しそうなアピールを見せた。

 人がたくさんいる市場で店を出せば、客は来てくれるだろう。そう思っていた自分の行動が見透かされているような感覚であった。


「市場は人が多いわ。でもその分競合も多いし、そもそも人の目が肥えてしまっているの───だから宣伝は大事、よく覚えておきなさい」

「わ、分かりました!」

「ふふっ、いい返事ね」


 カルラはリアの手を取り、楽しそうに笑ってみせた。

 眼前には美しいという言葉以外には飾れない顔が迫り、思わずリアはドキッとしてしまう。


「じゃあ始めましょう───ここから、私があなたのお店を盛り上げてみせるから」


 まずは宣伝という部分から。

 カルラの頭に、これからの行動が着実と積み上げられていった。

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