第12話
朝に一方的なイベントがあった二人は、朝食を食べることなく街へと繰り出していた。
一日の始まりは朝からとでも言わんばかりに、国境の門前にある市場は活気で満ち溢れている。往来は人が止まることなく絶え間ない。油断すれば誰かと肩がぶつかってしまいそうになるほどであった。
「それでお嬢、どうして街に行こうだなんて言い始めたんですか? せっかくだからの観光?」
朝食代わりの串焼きを頬張りながら横を歩くアレン。
香ばしい匂いがカルラの鼻を擽る。
「ちょっとこれからのことを考えるのに一応見ておきたかったのよ。お金も十分あることだし、商売でも始めてみようとも考えているわけだしね。ついでに、せっかくだからの観光っていうのもあるわ」
一方でカルラの手には紙で覆われた小さなパンケーキ。高級である砂糖が増し増しで振りかけられており、アレンにしろ朝食としては中々重いものであった。
「お嬢が商売……」
「……何よ、できなさそうって言いたいの?」
「いえ、普通に成功しそうだなーと」
何をやらせても才覚を見せてしまう元主人が商売をしている光景を想像するアレンは軽く苦笑いを浮かべる。
どうせ上手く経営を回したり思いもよらない新商品でも開発して行列を作るんだろうな、と。簡単に想像できてしまう少女が恐ろしい。
「まぁ、やるからには成功させるし成功する自信はあるわね」
「自信に足る根拠があるから余計に恐ろしいですよ」
「ふふっ、褒めてくれてるの?」
カルラがからかうように笑みを浮かべる。
すると、アレンは少し耳を染めながらそっぽを向いてしまった。
「……褒めてますよ、褒めるところしかないですもん」
「そ、そう」
まさか素直に褒められるとは。
想定外のことにカルラは自身の顔に熱が昇っていくのを自覚する。
(なんだか調子狂うわね……)
こんな素直に褒めてくるような子だったか? それとも、朝の一件があるから自分が意識してしまっているのか?
どちらにせよ、少しばかりペースを崩されているような気がしなくもないカルラであった。
「まぁ、お嬢に考えがあるのは分かりました。商売を始めるにしろ旅を続けるにしろ、俺はお供させてもらいますよ」
「……頼もしいわね」
「だったら俺の脇を突くのやめてくれません? 不満ありげなのがありありと伝わってくるんですけど」
「うるさい」
これは頼もしいアレンに対しての照れ隠しなのだ。聞くのは野暮というものだろう。
「お、あそこにお嬢が好きそうなお菓子の出店が!」
脇腹を突くカルラの意識を逸らすかのように、アレンは少し先にある出店を指差した。
大きな看板には『焼きたて甘いクッキー』という文字が。今のカルラを見れば分かるだろうが、彼女は甘いものが大好きである。
元主人の好みは、ここ二年の間にしっかりとマスターしているのた。
「お菓子っ!」
だからからか、カルラは出店を視界に入れた途端落ち付いた空気から一変して瞳を輝かせた。
「そうですよ、お嬢!」
「行くわよアレン!」
「うっす!」
人混みを掻き分け、速足で出店へと向かう二人。
肩がぶつかることなく綺麗に間を縫っていく二人の息はぴったりであった。流石は信頼を寄せるパートナーといったところだろうか。
出店の前に辿り着くと、カルラの瞳が更に輝き始める。カウンターに並ぶクッキーの列を見て、カルラの顔は歳相応の可愛らしいものに大変身だ。
しかし、出店の前にはアレンとカルラの姿だけ。この出店の前だけぽっかりと空いた穴に、アレンは少し首を傾げた。
「これと、これ! あとこれもほしいわ!」
「あ、ありがとうございます!」
出店の中にいるカルラぐらいの歳の女の子が元気よく返事を返す―――というより、何故か驚いているような感じだ。
お客さんが来たことに驚いているのだろうか? いずれにせよ、アレンは主人の喜びように満足するだけ。
店員はカルラが指差したクッキーを紙袋に詰めていくと、そのままカウンター越しに渡した。
「お、お待たせしました! あの、お代は―――」
「これで足りる?」
カルラは懐から小袋に入れた銀貨を取り出した。
何も気にせず注文したので合計金額など頭に入っていない。ちなみに、このお金は昨日カジノで撒き上げたお金だ。
「十分です! い、今すぐお釣りをお渡ししますね!」
「ありがとう。それと、ちょっとここで食べてもいいかしら?」
まだパンケーキ残ってるじゃんと思ったのもつかの間、いつの間にかなくなっているパンケーキに気づいて驚くアレン。
このお嬢様はいつ食べ終わったのだろうか? 本当に甘いものに目がないんだろうなと、改めて思った。
「はい、構いません! どうせ、こんな閑古鳥ですから……」
気落ちする少女を見てカルラは少し顔つきを変えたが、すぐさま紙袋からクッキーを取り出して一口頬張る。
すると、お目目の輝きを取り戻し思わず頬に手を当て始めてしまった。
(んっ! 美味しいわ! 何これ美味しい!)
甘く、それでいてくどくなく。パサパサした触感はクッキー故に仕方ないが、それでも口に不快感を残さない。
恐らくだ液で溶けるよう水分を程よく飛ばしているのだろう。焼き加減も生地の味付けも申し分ないと、元令嬢のカルラに思わせるほどであった。
「お嬢がこんな顔をするってことは相当美味しいんでしょうね。あ、俺も同じのください」
「そう言ってもらえると嬉しいです。最近、ちょっと自信がなくなってきていて……」
店員の少女はクッキーを紙袋に詰め、同じものをアレンに手渡した。
「っていうことは、売れてないんですか」
アレンの容赦のない言葉に少女は顔を曇らせる。
それでも店員としての根性からか、ちゃんと笑みは崩さなかった。
「営業許可を領主様からもらえた時は成功すると思ったんですけどね、あははは……でも、私のクッキーはまだ商売としては早かったみたいです」
「そうっすかね?」
「そうですよ、ここ最近ずっと売れなくて赤字続きですから」
商売をした経験がないアレンは「そんなものか」と他人事のように思う。
実際に何が難しいのか? そもそも何をすればいいのか? それすらも分からないのに、実際に戦っている人間に対して思いつきの言葉など慰めにもならない。
頑張ってほしいとは思うが、それ以上の言葉は残念ながらかけられそうにもなかった。
でも―――
「馬鹿ね、商品の問題じゃないわよ」
黙々とクッキーを食べていたカルラがようやく口を開いた。
「明らかに商売の仕方の問題ね。こんなんじゃ、売れるものも売れないわ」
「そ、そうなんですか!?」
「えぇ、だから───」
カルラは口元を綻ばせる。
その顔を見ていた長い付き合いのアレンは、思わず額に手を当ててしまった。
……また、なんかするんすね、と。
「もしよかったら、私に一枚噛ませてくれないかしら? このお店、絶対に黒字にしてみせるから」
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