第11話

「……ん、んんっ」


 窓から差し込む光が瞼を刺激する。

 徐々に浅くなった睡魔は少しの光によって微睡みの中から現実へと引き戻していく。

 背中に伝わるのは少し硬い感触。少しお日様の香りが鼻腔を擽り、余計にもカルラの意識を起こしていく。


「ふわぁ……」


 横になった状態でカルラは可愛らしい欠伸を一つする。

 もう少し寝ていたい、そんな欲がふと脳裏に浮かび上がり、そのまま体の向きを横にして再び瞼を閉じようとした―――のだが、眼前にアレンの顔が視界に映ってしまう。


「ひゃっ!?」


 あまりにも近くにあった端麗でどこかあどけない顔にカルラは驚き、反射的に飛び起きてしまった。


(ど、どどどどどどうしてここにアレンがっ!?)


 横になったカルラの正面すぐにアレンの顔があった。

 つまりは同じベッドにアレンが寝ており、一夜を文字通り共に過ごしたということ。

 これが意味することはお分かりいただけるだろうか? カルラは戸惑いながらも慌てて自分の体をペタペタと触る。

 ないと分かっていても、どうしても確認したくなってしまったのだ。

 その途中、ふと昨日のやり取りを思い出し―――


『いや、俺が床に寝ますってお嬢! ベッドが一つしかない部屋をとった俺が悪いんですから!』

『そんなことしたらあなたがゆっくり休めないでしょ!? そもそも、私がしてもらった側なんだし、私が床で寝るわ!』

『それこそあり得ないですよ! 俺がお嬢を床で寝させると思ってるんですか!? こう見えてもお嬢を大切にしてるんですから、我儘言わないでください!』

『た、大切……ッ!? だ、だったら一緒に寝ればいいわ! それだったらお互いの心配もないでしょうから―――』


 ―――思い出して、一気に顔が真っ赤に染まった。


(あぁ……そうだったわ)


 自分の浅はかな行動に羞恥が込み上げてくる。

 それに加えて、起きたばかりというのに先程から胸の鼓動が信じられないぐらいにうるさくて鬱陶しい。

 男性と同じベッドに寝たことのないカルラは、こういう時どういう対処をすればいいのか分からない。

 もしかして、同じベッドに誘った時点でそういうことだという証になってしまうのだろうか? アレンにそういうサインを送ってしまったのだろうか? それとも、まだセーフなのか?


(もうっ、こういう時はどうすればよかったのよ!!!)


 今まで誰とも婚約したことのなかった自分が恨めしい。

 まさかこんな場面でそういう技術が必要になってくるとは。いくら天才とはいえ、男性経験というのはおいそれとこなせなかった。


「っていうより、よく私は昨日寝られたわよね……」


 今ですらこんなだというのに、寝る前だと酷かったのではないだろうか? でも寝る前のことが何故か頭に浮かんでこなかった。

 無事に国を出ることができたから安心して今までの疲れでも出てしまったかもしれない。

 そう考えると、仕方ないような気もした。加えて、体がこれまで以上に軽い感じさえする。


 カルラは上体を起こしたまま横で寝るアレンの姿を見る。

 気持ちよさそうに、まるで子供のような寝顔をしているアレン。小さな寝息が、窓から聞こえてくる小鳥の囀りと共に聞こえてきた。


「ほんと、アレンってばぐっすり」


 今まで羞恥で悶えていたカルラに笑みが浮かぶ。

 微笑ましそうに見つめるその表情は、普段の大人びた顔とはまた少し違って見えた。


「いつか、私はあなたに恩を返さないといけないわね」


 もう何もない自分に付き合ってくれた。

 それどころか、目的を果たしてしまった自分はアレンの『対等』ではなくなってしまっている。

 カルラ自身は、姉の次にアレンを信頼している。だが、それももう一方的なものだろう。

 故に、純粋な好意がありがたくも……どこか苦しく感じてしまう。


 どうしてそこまでしてくれるのだろう?

 アレンは、アレンの目的があったのではないだろうか? 


(そういえば、前に「これは自分の目的でもある」って言っていたわよね? どういうことなのかしら)


 一緒についてくることが目的と被ると仮定する。

 もしそうだったとして、今度はアレンが何を守りたいのかという疑問が余計にも浮かび上がってしまう。


(いつか話してくれるといいんだけど……)


 といっても、それは虫のいい話だ。

 何せ自分はことが全て終わるまで何も言わず、アレンを信頼して片棒を担がせていた。

 なのに自分は話してほしい───なんていうのは、おかしな話。

 だからこそ自分から話してくれたら嬉しいという感情に留めておかなければ。そのためにアレンの素性は詮索しなかった《・・・・・・・・・・》のだから。


「ふふっ、こうして見るとアレンってば意外と可愛いわよね」


 歳はそんなに変わらないはずなのに、どうしてか愛おしく感じてしまう。

 これが恋愛感情かと言われればきっと違うのだろう。姉の次に最も信頼していた相手だから、身近な異性だからそう思っているのだと思う。


「あなたって、どうしてそんなに可愛い───」

「んにゃ、お嬢……何笑っているんですか?」

「へっ!?」


 笑っていると、アレンがゆっくり体を起こした。

 起きる様子も何もなかったのに、随分唐突な起床だ。故に、カルラは驚いてしまう。


「お、起きてたのアレン!?」

「お嬢が起き上がったんだろうなー、ぐらいの時には起きていました。とりあえず、なんか考えこんでたので黙って寝たフリ続けていましたが」


 その言葉はつまり初めから聞いていたし起きていたというこで。

 自分が口にしていた言葉は全部聞かれていたというわけでッッッ!!!


「〜〜〜ッ!?」


 カルラの顔が羞恥で真っ赤に染まる。

 その顔を見てアレンは「しまった、起きるんじゃなかった」と反省したが、それもすでに遅し。


「きょ、今日は街へ行くわよ! 早く起きて顔を洗ってきなさい!」

「……お嬢、聞かれていたからってそれは結構苦し───」

「早く!!!」

「いえすまむ!!!」


 アレンは長年身につけた主従スキルですぐさま起き上がり部屋を飛び出していった。

 バタバタとした足音がドア越しに響かなくなったのはそれから少しのことで、残ったカルラはシーツを引き寄せて顔を埋める。


「……アレンのばかっ」


 その呟きだけはアレンには聞こえなかっただろう。

 真っ赤になった耳を残したカルラは顔を上げて、忌々しそうにアレンの出ていった扉を睨んだのであった。

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