第9話
(ど、どうしたのよ急に……?)
国に帰りたいか?
アレンに言われた言葉に、思わずカルラは戸惑ってしまう。
「別に国に帰りたくなんか……」
「…………」
「ッ!?」
言いかけた途端、カルラは再び言葉に詰まった。
心でも見透かさんかのようなアレンの鋭い瞳。端麗な顔立ちはいつも以上に真剣みを帯びており、普段のおちゃらけたものは見えない。
だからこそ「別に帰りたいわけじゃない」という言葉が最後まで紡げなかった。
何を言えばいいのか? カルラは少しの間だけ口をパクパクと動かしてしまう。
それでもアレンの表情は変わらなくて……すぐにカルラは諦めた。アレンを安心させることを。
「……本当に、国には未練はないのよ」
紛れもないカルラの本心が口から零れる。
「貴族としては失格かもしれないけどね、あの国にそれほど強い執着はない。ルルミア侯爵領のこことか貴族の責務とか愛着とか、ないのよまったく……全部、お父様が賭博に走った時に置いてきてしまったわ」
国に帰りたいとは思えない。
それは取り繕うわけでもないカルラの気持ちだ。
だけど、それは国に対しての未練のことであって―――
「でも、お姉様には……」
「ッ!?」
「お姉様には、会いたいわ」
真摯に向けるのではなく、我慢していたものが勝手に出てしまったかのような小さな呟き。
それがどんな言葉よりも重いのか、アレンだけでなく誰が聞いても思ってしまうだろう。
「言葉を交わさなくてもいい、ただ遠目からお姉様の姿が見られたら私は満足なの。私が敷いた道が本当に正しかったのか、幸せだったのか、確かめたい。あと、私は……全部子供の時に置いてきちゃったから。声も顔も姿も、しっかり見たことがなかったわ―――だから、一度ちゃんと姿を見てみたい」
それだけ、たったそれだけなのだ。
国に帰りたいわけではない、未練があるわけではない―――ただ姉に会いたいだけ。
今もなお、国外にやって来たカルラの胸に蔓延るのは、そういった想いだ。
「でも叶わないのは分かっているわ。お姉様は今はもう王族、おいそれと顔なんか見られるわけでもないし、しばらくは国から出ることもないでしょう。国外追放された人間が国に足を運べるなんてできない。でも一つだけ―――」
「
「えぇ、そうね。けどあり得ないっていうのはアレンも分かっているでしょ?」
国外追放された人間が国に戻ってこられる唯一の方法。それは結婚である。
政略結婚が多くなってしまった昨今の貴族社会だが、国の法律では結婚の自由というのは認められている。
独身でいるより、若者を増やしてもらうための昔から続く法律。
それは国外に追放されてしまった人間が相手であっても成立してしまう。しかし、過去の例を見ても国外へ追放された人間と結婚した者は少ない。
何せ、妻や夫として迎え入れるにはデメリットが多いのだ。
罪人と結婚するなど、周囲からの評判はガタ落ちは間違いない。貴族社会にとっては評判と爵位のみが力となり、国からの信頼を獲得していく。
もし、国外に追放された者を迎え入れてしまえば? 評判は一気に地へと着いてしまうだろう。
故に、できるとはいえ誰もしてこない―――何せ、デメリットの方が多いから。
「いいのよ、だから。私は自分のしたことの責任をしっかり取るつもりで余生を過ごすわ。まだ何をして生きていこうとは考えていないけど……お姉様と会うっていうのは諦めているの。そもそも、合わせる顔もないわけだしね」
この話はもうお終いだと、カルラは立ち上がってテーブルの上に置いてある飲み物を手に取った。
これ以上言葉を言わないつもりか、一気に飲み物の中身を口に含んでいく。
その背中からは今まで見たことのなかった寂しさが伝わってくるような気がした。無理矢理にでも忘れようとしている……そんな感じ。
それを見たアレンは―――
(これじゃあ報われなさすぎだろ、カルラ・ルルミア)
本当に未練がないならまだよかったかもしれない。
でも願望が、彼女の口から零れてしまった。
もうこうなってしまえば、アレンは自分の目的よりも目の前の少女が報われることをどうしても望んでしまう。
カルラ・ルルミアという少女と、共に過ごしてきた時間が濃すぎたから。
(いや、待てよ……今言ったじゃねぇか、国に戻しながらカルラ・ルルミアを救う方法が!)
考え込みながら、一つの結論に辿り着いた。
(
デメリットはある。
だが、それがどうした?
それ以上に余りあるメリットと、自分の抱いている感情を天秤に乗せれば躊躇する理由はない。
(それならいっそのこと俺が
加えて、もうカルラを自由にしてやりたい。
望むことを、望んでできなかった過去の分までしっかりと新しいレールを歩いてほしい。
自分が専属執事としてカルラと出会った時から、ずっと。どこか窮屈だった彼女の重りを、もう失くしてほしくて。
(出たじゃねぇか結論! 王国のためにも、俺のためにもなる方法———カルラ・ルルミアを惚れさせる! そして、結婚して国に戻してやるんだ!)
あぁ、そうだ。
これこそが、今の自分にカルラ・ルルミアという少女を救うことができる方法である。
自分の気持ち? そんなのは―――
(あの時から、俺の気持ちは変わんねぇもんな。だから、全部些事だ)
本当にあの時から、ずっと。
アレンの中でカルラという少女は、誰よりも一番の人間なのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます