第7話

「面白かったね、彼女」


 カジノの一角。階段を昇り、個室のある扉の前で、白髪の青年は呟く。

 視界にはカジノ全体が見え、飲まれる者、一時の愉悦に浸っている者、淡々とゲームを信仰していく者。

 それぞれの動きがよく見えた。


「ふふっ、その通りですね」


 青年の横には、艶やかな白髪を携えた少女の姿。

 同じように柵へ腰を預けながら、視線をカジノの中へと向けている。


「何戦やったかな? 十を超えた辺りから数えるのが面倒くさくなって見るのをやめたけど……」

「十八戦ですね。その全てがブラックジャック———そして、全勝。トータルで稼いだ額は約三百万でしょうか?」

「よく見ているね。流石は僕の妹」

「その妹をカジノに連れて来るのはやめてくださいませんか? 夜景の広がるスポットならまだしも、金の行き交う底なし沼などレディーの扱いとしていかがなものかと思います」

「はははっ、それは失敬! 本当に暇潰しで来てみたかっただけなんだ!」


 愉快そうに笑う兄を見て、妹は嘆息つく。


「まぁ、ですが面白い者が見られたのは確かです。狙っていたのでしょうか、彼女は?」

「明らかに狙ってたんじゃないかな? 騒ぎにならないよう、運営でも負けている人間でもなく、勝ち越している人間から勝ち分だけをきっちり稼いでいた。きっとカジノの中でのカモを探したんだろう……素晴らしい観察眼だ」

「それに、やっていましたね……イカサマ」

「やってのける胆力にも目を惹くね。アリスと変わらない歳だろう、彼女は?」

「見た目だけで判断していいのでしたら、恐らく」


 だとしたら自分の二個下か、と。

 青年は笑みを深める。


「うちにほしくない、彼女? きっといい人材になると思うんだ」

「そうですね……どこかの誰か様に公爵家の家督を引き継いでから仕事は大忙し。火の車ですので」

「僕が悪いわけじゃないよね!? どう考えても仕事を押し付けて引き継がせた父上が悪いと思うんだけど!?」

「それを妹に手伝わせる兄」

「本当に火の車なんだよ!? 赤子どころか子猫ちゃんにだって手を借りたいレベルだ!」


 ぎゃんぎゃん騒ぎ立てる兄に、妹はため息を隠し切れない。

 これでもまともに機能できているのだから、表面上の情報だけで判断してはいけないのだと学ばされる。


「とまぁ、話は置いておいて。実はさ、僕……彼女を見たことがあるんだよね」

「本当ですか?」

「うん、王国のパーティーにちょっと顔を出す機会があって。確か名前はカルラ・ルルミアだったかな?」

「……ルルミア侯爵家といえば、つい先日お家潰しが決まったあの家ですか? それに、カルラ・ルルミアは―――」

「うん、国外に追放されたご令嬢だ」


 兄の言葉を聞いて違和感を覚える。

 さて、国外追放されたような令嬢がカジノで目立たず才を見せることはできるのか?

 父親は賭博で借金をこさえ、そのせいで不法な取引に走ってしまったという噂。父親からカジノの話を聞いていれば、あり得ないことはない。

 けど、それも可能性の話。普通、一介の令嬢が賭博に興味を持つとは思えない。

 ましてや、それもまだ成人間もない女の子が、だ。彼女ぐらいの年齢であれば学園へと通い、社交界に身を投じるので忙しいはず。


(まぁ、彼女の雰囲気は令嬢のそれでした。間違いではないのでしょう……しかし、聞いていた話とは違いますね。癇癪が多く、我儘で姉を平然と虐げるような先も考えない女性だと思っていたのですが)


 そういう人間は、決まって親に甘やかされる。

 だからこそ個々のスキルはもちろん、最低限の教養のみでそれ以上を広げようとはしない。

 だが、少女が見た彼女からは甘やかされて育った令嬢という雰囲気が感じられなかった。


 使用人が一人いたぐらいか?

 それでも、今までとは違ってもう頼る先がないのにもかかわらず、不安すらも見せないで堂々としているカルラ。


(情報と認識の整合性が取れませんね。噂に流されず、目で見たものを信じるタイプでしたが、それが揺らいでしまいそうです)


 少女は肩を竦める。

 これ以上考えても仕方のない話だから、と。

 その時———


「ねぇ、アリス」

「はい?」

「突然の話だけど……頭のよさそうな友達、ほしくない?」


 兄は突然、にこやかな笑顔を向けてそう言い放った。

 それを受けて少女は一瞬呆けるが、すぐさま同じような笑みを浮かべる。


「えぇ、是非に。私、宝石やお洋服の話よりも身になるお話をする方が楽しいですもの」

「そっか、友達……少ないんだね」

「話が合わないだけですが!?」


 笑みを浮かべたと思えば憤慨する妹の頭を撫で、青年は身を翻した。

 その瞳に、大きな好奇心を添えて。


「なら、お友達候補を探しに行こう。王国がいらないんだったら、公国がもらってもいいだろうしね」


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