第6話

 ―――悪い夢でも見ているのだろうか?


 不安が胸の内を占めていたアレンは、目の前の光景を見て思った。


「あら、また私の勝ちだわ」


 お淑やかで素人同然の令嬢を演じていたはずのカルラは不遜にも足を組み、ジャックとエースのトランプをテーブルへと投げ出す。

 カルラの目の前に積み上がるチップは、もはや途中から数えていない。

 始めの男からこれで何人目だろうか? 最後のターンが終わり、場には捨てられたトランプが散らばっている。


「くそぅ! 俺の今日の勝ち分が!」


 何人目かも分からない男がなくなった少なくなったチップを見て頭を抱える。

 それを傍観している周囲は、盛り上がることはなかったがざわめき始めた。大っぴらに集まってはいないが、視線は二人……ではなくカルラに集まっていた。

 それも当然だ―――何せ、ここ小一時間でカルラは多くの人間を相手にし、そしてチップを積み上げてきたのだから。


(やばい、カルラ・ルルミアの天才っぷりが火を噴いてしまった)


 ブラックジャックは親と子を入れ替え、より「21」に近い者が勝つという、至ってシンプルなゲームだ。

 もちろん人数、ディーラーの有無によって少々ことなるが、それでも明確で分かりやすい遊びとして賭博ではオーソドックスなゲームとなっている。

 運、引き際、勝負どころ……あらゆる要素が絡み合うからこそ、シンプルかつ複雑なもの。


 それなのにカルラはここ全ての勝負に勝ち、着実にチップを積み上げてきた。

 もちろん、勝負に負けたことはあった―――しかし、それも全て序盤のみ。今にして思えば「こいつはいける」と相手に思わせ、油断を誘う策なのだろう。


(しかも、対戦してきた相手は全員「今日勝った」人間ばかり……そして、その勝ち分だけをしっかり着手してきた。だからこそ、お嬢が勝ち続けても「運がいい」だけで終わる)


 それがなんともいやらしい。

 トータル金額だけで見ればあり得ない額なのに、負けた本人はプラマイゼロだ。

 勝ちすぎれば疑われる、勝負に乗ってくれない―――その引き際を、カルラはちゃんと見極めていた。


「……そろそろ潮時ね」


 後ろで驚愕していると、カルラは相手にお辞儀をしてから立ち上がる。


「帰りましょ、アレン。もう疲れちゃったわ」

「……承知いたしました」


 元主人の異常さに頭が追い付けないまま、アレンは立ち去ろうとするカルアの後ろを追った。

 その際、周囲の人間の視線もカルラを追う。けれど、誰もが声をかけない。

 カルラの美貌に目を奪われているだけか、それともアレンと同じように驚いているのか。

 その真偽は分からなかったが、カルラは堂々たる立ち振る舞いを見せてカジノを出た。

 あ、この人換金を俺にやらせる気だ。そう気づいたアレンは、慌ててカジノの奥へと走っていった。



 ♦♦♦



「おかしい」

「あら、何が?」

「何って、そりゃあんなにばかすか勝ってたら「おかしい」って思いますよ普通!」


 換金が終わり、懐に大量のお金が与えられた二人は夜ながらも活気のある市場を歩いていた。

 ここまで来ればカジノにいた人間はいないだろう。だからアレンはずっと気になっていたことをカルアに尋ねた。


「ピーキング、ペーパー、セカンド・ディール、カードカウンティング」

「はい?」

「今日私がやったイカサマ《・・・・》♪」


 いたずらめいた可愛らしい笑みを浮かべて、カルラは誰にも言わないようにと人差し指を口に当てた。

 カルラが口にした言葉は、全てイカサマと呼ばれる技である。

 分かりやすいものを挙げるならペーパーだろうか? トランプの裏面に爪の痕を刻んだり、少し角を曲げることによって印をつける技法……というより、ズルである。

 もちろん、これに限らず全て露見してしまえばゲームオーバー。つまりは、不正がバレて持ち金全てが没収。


 カジノは不正には厳しい―――一つでもバレてしまえば、出入り禁止どころか更にペナルティが科されることもある。


(それを初めてのカジノで平然としてみせるって……どんだけメンタル鋼なんだよカルラ・ルルミア)


 それを聞いて、引き攣った頬が戻らないアレンであった。


「……バレたらどうするつもりだったんですか」

「だからバレないようにカモを選んだのよ。勝って浮かれて軽い勝負を安易にしてしまうような人をね。その日いいことがあった人は、高揚感に感化されて気が緩みやすくなる。明らかにカジノを知らない素人の女の子がやってくれば、警戒なんてすぐ解れるわ」


 だから運営が進行しているゲームではなく一人でいる人間を狙った。

 それも今日勝って懐が潤っている相手に絞って。

 勝てる勝負しかしない―――その意味がようやく分かったアレンは、増々カルラの凄さに戦慄してしまう。


(どこが姉より才能がないだよ……兄上、この人は国に必要な人材すぎますよ)


 どこか遠い目をし始めたアレンを見て、カルラは首を傾げる。

 やっぱり国を離れて寂しいのかしら、と。そんな的外れなことを思いながら。


「とはいえ、もう二度は同じようにいかないし、カジノはもうお終いね」

「えっ! もう行かないんっすか!? あんなに稼げるのに!? 行きましょうよ、億万長者間違いなしですよ!」

「あなたがハマってどうするのよ……」


 元より、カルラはそこまで稼ごうとは思っていなかった。

 アレンから借りたお金を返し、しばらくアレンに頼らず生きられる金を稼げればそれていい。

 蓋を開けてみれば自分の想像よりも多く稼いでしまったが、これはまともな使い道を考える予定である。


「それにしても、今日は疲れたわ。確か、今日とった宿は食事もお風呂もついてたのよね?」


 予約を任せたアレンに、カルラは尋ねる。

 するとアレンは何故かビクッ! と体を震わせ、気まずそうにそっぽを向いた。


「え、いや……そのー……」

「何よ、その反応。もしかして、予約できなかったとか? だったら別に私は野宿で構わないわよ」


 取れなかったところで怒りはしない。

 本来なら自分ですべきことなのだ。ここまでの過程でアレンに負担をかけているのは事実。何かあったところで、怒る筋合いも気持ちもなかった。

 しかし、それでもアレンは気まずそうな態度を見せる。


「あ、あのですね……予約はできたんです、一応」

「ならいいじゃない」

「ですが、あー……」


 そして、アレンは意を決したようにカルラに頭を下げた。


「すんません。宿がいっぱいで一部屋しかとれませんでした」

「……えっ」


 それは、野宿よりも少々問題のある発言であった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


次話は18時過ぎに更新!


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