第5話
「この俺が……ついに賭博」
などと呻いているアレン。
その姿はルルミア侯爵家にいた時と同じ燕尾服であった。
「別にあなたはするわけじゃないんでしょう? だったら汚れたわけじゃないから安心しなさい」
一方でカルラは最後のパーティーで着ていたドレスを纏っていた。
家に帰らずそのまま国外へと出てしまったカルラには他に持ち合わせがなかったため仕方ないだろう。少々目立っているような気がしないでもないが、それはそれ。場違いではないのでよしとしよう。
───日も暮れ、宿を確保した二人は現在はカジノ。
大きな建物の地下にあるカジノは、どこぞのパーティー会場と同じぐらい煌びやかで豪華な内装をしていた。
恐らく貴族だけではなく行商人も多く集まる国境の街だからだろう。人の数は言わずもがな、立地面で大きく稼ぐことができるため、それなりの規模で建てたに違いない。
カルラはカジノの中をざっくりと見渡す。
ルーレットにトランプ、スロットまで勢揃い。二階部分にはいくつもの部屋の扉が見える。恐らく、そこはVIP専用の個室なのだろう。
そこには用はない。カルラはすぐさま視線を外し、もう一度室内を見渡した。
「なんでここにいる人は賭博ってやりたがるんですかね……散財間違いなしの泥沼会場じゃないっすか」
「あなたって、結構遊んでいるように見えるけどそこら辺は真面目よね」
「そりゃ、まぁ……そういう金銭感覚は大事にするって決めてましたから」
だからこそ、しっかりと貯蓄ができたのだろう。
お父様にも見習ってほしい、そう思ってしまうカルラであった。
「賭博をやりたがる理由は至極明解よ」
「勝てるかもって思ってるからですか?」
「それもあるけど……正確に言えば勝ったことがある《・・・・・・・・》からね」
どうしてカジノの運営は儲かるのか?
理由は客がどんどんお金をばら蒔いてくれているからである。
逆に言えば、ばら蒔いてもらわなければカジノでは儲からない。
では、どうすれば客はお金をばら蒔いてくれるようになるのか───それは、客に勝たせることだ。
「一度勝ってしまえば、その時の味を覚えてしまう。気持ちいいのよ、勝ってお金が増えるってことは……だから皆は「勝てるかも」ってどんどんお金を増やそうとゲームをする」
「あー、分かる気はします」
「運営はそう思わせるために客を勝たせるの。一回二回勝たせた程度じゃ、運営側はそこまで痛手じゃないわ。だから味を覚えてもらってお金をばら撒いてもらう───そういう客のことを、カモって呼ぶの」
「嫌な呼び方だなぁ」
これこそが賭博にハマる現象。
勝てるかもという思いは一度味を覚えてしまったから。カルラの父親がどうしてやめられなかったのか? それこそがここに起因する。
「だから私は勝てるかもっていう博打打ちはしないの」
カジノの端に移動して、ゆっくり背中を預ける。
「でも、賭博することには変わりないんですよね?」
「そうね、今からゲームでもしようかと思うわ。でも、勝てるゲームだけさせてもらうけどね」
預けたと思った途端、カルラは会場の中を進み始めた。
だが、向かう先はディーラーが進行しているゲームの卓ではなく、小さい椅子とテーブルが置かれている場所。
客に小休憩をさせるために設置したのだろう。そこには何人かの人が座っていた。
そこへカルラは向かう。そして、にやけが止まっていない男が座っている場所の正面へと腰を下ろした。
「もし、空いているのであればこちらに座ってもよろしいでしょうか?」
尋ねているのに腰を下ろしたカルラを見て男は驚く。
いや、驚いたのはそのことではないのかもしれない───カルラという少女の美貌に驚いたというべきか、男はカルラを見て固まってしまった。
だが、あとからやって来たアレンが視界に入ったことですぐに現実に引き戻される。
「へへっ、全然構わねぇよ。いやー、こんな可愛い嬢ちゃんが目の前に座ってくれて、今日はついてるぜ」
「ふふっ、お上手ですね。それにしても……ついているということは、今日はいい結果があったのでしょうか?」
「さっきな、ルーレットで一山当てたところだ」
「あら、素晴らしい」
カルラは男の自尊心をくすぐるかのように笑った。
後ろにいるアレンは、その笑顔を見て頬が引き攣る。
(お嬢の顔から「よっしゃ」みたいなものが見えた気がする……)
何かやるつもりなんだろうか、と。
アレンは引き攣らせた頬を戻すことなく内心思う。
そして、その読みは当たったのか……カルラは小さく身を乗り出して男に提案を始めた。
「実は私、あまりカジノに来たことがなくて……初めてが皆様と同じゲームというのもご迷惑をかけそうで申し訳ないんです。ですので───もし暇をしているなら、私と一つゲームでもしませんか《・・・・・・・・・・・・・・》?」
「へぇ、面白いじゃねぇか。乗ったぜ、嬢ちゃん!」
「ふふっ、ありがとうございます」
カルラの言葉は嘘ではない。
カジノに来たことは初めてだし、迷惑をかけてしまうというのも本音。
だからか分からないが、男は二つ返事で了承した。
(素人相手なら楽勝だろ。見た感じ、どこぞの貴族様っぽいし、金もある……ハハッ、今日は本当についてるぜ!)
内心笑いながら、男は懐からトランプを取り出した。
「といっても二人しかいねぇんだ───ここはブラックジャックで勝負といこうじゃないか」
「ブラックジャック……ですか」
「なんだい、ルール分かんねぇか?」
「いえ、ルールは存じているのですが……あまりやったことがなくて」
その言葉を聞いた瞬間、男の口元に笑みが浮かぶ。
隠そうともしない。それぐらい、カルラが本当の素人だと分かって嬉しいのだろう。
「っていうかお嬢、今の本当ですか?」
アレンが心配そうにカルラの耳元で囁く。
「あら、本当よ。ずっとお嬢様をしていた私がブラックジャックなんてやるわけないじゃない。優雅なお茶会の毎日よ」
「だったらやめません!? ブラックジャックは運のゲームかもしれませんが、場数を踏んでいる人には勝てないですって!」
「ふふっ、心配してくれてありがとう。でもね───」
カルラは後ろにいるアレンに向かって、獰猛に笑う。
「言ったでしょ……私は勝てる博打打ちしかしないって」
いいから見ていなさい、と。カルラは男に向き直る。
こうなってしまえば、いくら平民に成り下がったとはいえアレンは何も言えない。
背中からありありと伝わってくる自信を見て、アレンはその逆の不安を抱えながら見守ることにした。
少しぐらいの散財ならなんとかなるだろう、そう思いながら。
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