第4話

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 知らない場所、知らない土地。

 見慣れた街並みから深い森へと入り、小さな村で滞在する。一泊したのち、また走り出す。

 それを何度か繰り返していくうちに、今度は大きく聳え立つ外壁へと辿り着いた。

 一か所だけある入り口には何台もの馬車が並び、自分達の番になる頃には二時間が経過していた。


 そして、入り口をくぐり抜けると行商人に賃金を渡し、久しぶりの地面へと足をつける。


「……なんか、あっという間だったわね」


 艶やかな金髪を靡かせながら、カルラは感慨深そうに呟く。

 視界に入るのは石でできた建物がずらりと並ぶ街並み。行商人が多く行き交う国境沿いだからか、市場などが広がって活気に溢れていた。

 そのどれもがまったく見たことのない場所。留学も何一つしていなかったカルラにとっては、初めて見る光景である。


 隣国、キリシュラン公国、ウルデラ領。

 現在、カルラ達が訪れている場所である。


「その割には一ヶ月もかかりましたけどね……いつつ、尻がいてぇ」


 横に並ぶアレンが痛そうに尻をさする。

 長時間馬車に座っていたのが堪えたのだろう。それに比べてカルラはとても平気そうであった。


「こうしていざ知らない街に足を運ぶと、自分が本当に侯爵家の人間じゃなくなったって実感するわ。頭では分かっているんだけど、やっぱり目で見なきゃ始まらないわね」

「それはようござんしたね。いかがです? 令嬢ではなくなった気分は?」

「うーん……特に? 令嬢人生に未練があったわけじゃないから」


 煌びやかな装飾を纏ったドレスはカバンにしまい、現在は動きやすいラフな格好。

 一見してみれば、そこら辺を歩く平民となんら変わりない―――それでも、上品な佇まいがどこか違和感を与えていた。

 これが溢れるお嬢のオーラ、と。横にいるアレンは苦笑いだ。


「それにしても悪いわね。ここまでの路銀を出してもらって」


 当初の予定では、着ていたドレスを売りさばいて足にするつもりだった。

 足りない分は適当に稼いで、一刻も早く国外へと―――だが、今回ここに至るまでの路銀は全てアレンに出してもらった。

 もう貴族でも部下でもなんでもないのだからいつか返さないと、と。カルラは思う。

 しかし―――


「言ったでしょう、ここは男の甲斐性を見せる時だと! 意外と稼いでいる俺はこれぐらいのお金はどうってことありません!」

「でも、人様のお金だし」

「……ほんと、お嬢って元令嬢ですか? 普通、もっと甘えません?」


 確かに、今まで苦労もなかった女の子がいきなり逞しくなってしまうのは違和感がある。

 それどこか、妙に人間がしっかりしている分ちょっと怖い。


「甘えてるわよ。だからここまでのお金をドレス売らずに甘えてきたんじゃない」

「内心「いつか返そう」とか思ってません?」

「…………人として当たり前のことだと思うの」

「……はぁ」


 横でため息を吐かれるカルア。

 どうして? と可愛らしく首を傾げる。


「あのですね、お嬢」

「ん?」

「俺は好きでやってるんですよ。個人的に自分の目的も《・・・・・・・・・・》ちゃんとありますし、それに沿った行動なんです。百パーの善意ではないんですし、素直にもっと甘えてください」


 真面目な口調でカルラに視線を向けるアレン。

 目的……その部分が気になるところではあったが、問題はそこではなかった。どうしてここまでしてくれるのか? 自分とアレンは二年ぐらいの付き合いで、一夜を共にすらしたことのないただの上下関係だったはず。


(慕ってくれているのか、それとも……)


 カルラは一考こそすれど、すぐに考えを諦めた。

 どうせ探ったってすぐに答えなど出るわけがない。


「……分かったわ。でも、あなたからの厚意を受け取る度に罪悪感が増すのは覚えていてちょうだい。何せ、もう私にはあげられるのってこの体しかないんだから」

「か、体……ッ!?」

「ふふっ、うぶい反応ね。当たり前じゃない、私って今は追放された罪人の身で何もなんだから」


 赤面するアレンを見て、カルラはおかしそうに笑った。

 頼もしいようで、年相応のような反応。顔立ちもかなり整っているし、周囲に女の子がいればすぐにモテてしまいそうだとカルラは思う。


「じゃあ、早速だけどお金をちょうだい」

「あれ、秒の手のひら返し。さっきの謙虚さは何処へ?」

「素直に甘えることにしたの」


 とは言いつつ「貸す」という表現を使うあたり、まだまだ素直に甘え切れてはいないだろう。


「何に使うんです? お腹が減ったとか、それとも宿の予約をするとか―――」

「宿は予約するけど、残念なことにお腹は減ってないわ」

「だったら観光?」


 首を傾げながらも懐からお金を取り出すアレンに、カルラは小さく笑ってみせる。


賭博・・をしに行くの」


 その言葉を聞いた瞬間、アレンは勢いよく差し出そうとしたお金を引っ込めた。


「な、何を言ってるんですかお嬢!? よりによっても賭博!? この前、賭博に走った時点で家はお終いとか言ってたのにもう賭博!?」

「お、落ち着いてアレン」

「そこまでしてお金がほしいですか!? 大丈夫ですって、本当にお金ならいっぱいありますから、養う覚悟も貯蓄もしっかりとできますよ!!!」

「だからそうじゃないって」


 確かに令嬢人生を歩いていた頃よりかは少ないかもしれない。

 それでも、賭博に走ってまで稼がなければいけないほどのお金ではなかった。そうまでしてお金がほしいのか? 身近に賭博で散在して人生を終わらせてしまった実例があるにもかかわらず、まさか告発した人間が同じ思考に辿り着いてしまうことになるとは。

 元主人に同じ轍を踏ませたくないアレンはお金を両脇に抱えて必死に遠ざけようとした。


「はぁ……勘違いしないでちょうだい。お金がほしいからっていうのは認めるけど、お父様のような道を歩こうとかそういうの思ってないから」

「でも、賭博じゃないっすか」

「言っておくけど、賭博は全てが「ダメ」っていうわけじゃないのよ?」


 何言ってんだこの人、と。アレンはちょっぴり失礼なことを思いながら首を傾げる。


「勝てるかも。そう思ってしまう博打打ちなら私はやらないわ。何せ、勝てるかもっていう賭博こそ勝てない賭博はないんだもの。お父様がやっていたのはこれね。でも───」


 カルラは首を傾げるアレンの顎をつまんで、自信満々に笑ってみせた。


「勝てる。そう思える博打打ちなら、やる価値しかないわ」


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