第3話
ルルミア侯爵家の断罪という当初なかった演出に騒然としたパーティーも、無事に終了。
それぞれの貴族が噂と話題を持ち帰っている姿が、王城にある一室の窓から覗けた。
帰路につく貴族達の中には、当然のことながらルルミア侯爵家の者の姿はなかった。
だからからか───
「今すぐカルラちゃんを追いかけないとっ!」
深海のように濃いドレスを纏う女性が、必死の形相で外に出ようとする。
それを、第一王子であるユリスは腕を掴んで制した。
「どこに行こうとしている、ソフィア!?」
「離して! このままじゃ、カルラちゃんが本当に国外に行っちゃうの!」
「とりあえず落ち着いてくれ……頼む。今追いかけてしまったら、それこそ騒ぎになってしまう」
切実に口にするユリスを見て、ソフィアはゆっくりと力を抜いた。
その顔には渋々といったものが浮かんでいたため、ユリスは気遣うように近くにあったソファーに座るよう促す。
「……私、言ったわ。カルラちゃんは何も悪くないって」
「あぁ、それは聞いたさ。初めは信じられなかったがな」
「だったら、どうしてカルラちゃんは国外追放なの!? それに、私はこのパーティーで告発するなんて聞いていない!」
八つ当たりをするかのように、ソフィアは怒鳴る。
優しく、温かく、それでいて決して声を荒上げることのない彼女らしくもないものだ。
だからこそ、それを一身に受けているユリスは苦しく思った。自分が好きで、愛して、結婚するまでに至った相手だとなおさら。
この部屋に誰かいればよかった───いや、いなくてよかったと言うべきか。
「……すまない、これは私の落ち度だ」
ユリスは言い訳するわけでもなく頭を下げる。
それを見て、熱が昇っていたはずのソフィアは徐々に冷めていくのを感じた。それが冷静へと繋がっていく。
「……ううん、私の方こそごめんなさい。ユリスくんは、私のわがままのために協力してくれたのに」
「いや、これは王族としての責務だ。王国を蝕む膿は必ず除去しなければならない……ただ、それに伴って生まれた被害を、私の身勝手な感情で棒に振って救い出すことができなかっただけ」
ユリスの脳裏に、パーティーでの出来事が思い浮かぶ。
それは、告発する直前の話だ───
『あら、お姉様……そんな豪華なドレスを着れるようになっただなんて喜ばしいことですね。私はてっきり、使えないお姉様に似合うのはボロ雑巾でできたエプロンだと思っていたわ』
───ソフィアを煽り、馬鹿にするカルラ。
そして、それに同調するかのようにコケにするルルミア侯爵とその夫人。
ユリスは横で見て頭に血が上ってしまったのだ───その汚い口を閉じろ、と。
故に、パーティー会場で告発をするという異例の出来事を起こしてしまったのだ。悲しいことに、一時の感情は国王からの許可も得ている状況だからこそ、成立してしまった。
「……カルラちゃんは、決して断罪されるような子じゃない」
「…………」
「だって、私をあの家から救ってくれる《・・・・・・》ために自分を犠牲にしていたんだもの!」
それも、知っている。
正確に言えば、ソフィアに全てを聞かされたからこそ知ることができた。
「カルラちゃんはね、私を叩いたわ……お母様と同じように。でも、その翌日には必ず部屋に包帯と薬が置いてあった。おかしいと思うわ、毎回叩かれたタイミングであるんだもの……こんなの、カルラちゃんしかいない」
何かあれば癇癪の捌け口にされた自分を気遣うように置かれた包帯と薬。
それが誰によって置かれたものなのかは、すぐに理解できた。
「使用人が置いてくれたものだとは考えなかったんだな」
「私に優しくしてくれた使用人はすぐにクビにされるわ。それが分かっているからこそ、優しくする人なんていない……いるとすれば、カルラちゃんだけなのよ」
不自然なことだけであればいくらでもあった。
例えば、残飯のような食事が運ばれてきたすぐに胃に優しいスープが用意されていたこと。
妹がいるからと、我慢してきたはずなのに、内部からの密告。
密告するなど、誰も知らなかったのに赤の他人ができるはずもない。あるとすれば、ルルミア侯爵家に関わる人間のみ。
だが、ルルミア侯爵家の急所とも呼べる不法な証拠など、いち使用人が知るはずもない。それなのに、密告ということが行われた。
言い逃れもできない、証拠と合わせて。
「筆跡は違ったけどね。きっと、別の誰かに頼んで書かせたんだと思うわ……しかも、提出されたのは私があなたと結婚をしたタイミングで」
結婚してしまえば、籍は王家へと移る。
つまり、家が潰されたとしても手を汚していないソフィアの身柄は必ず保証されるのだ。
───タイミングがよすぎる。
こんなの、自分を家から逃がしたあとに綺麗さっぱり脅威を取り除こうとしたようにしか見えない。
「だから私はお願いしたの。あなたに、カルラちゃんを救ってほしいって。実際、カルラちゃんは手を汚したわけじゃないんだから……でも、ごめんなさい。我儘だったわね」
確かに、ソフィアを虐げてきただろう。
事実、一緒の学園に在籍した期間は少なかったが、それまでにソフィアを虐げてきた瞬間というのを多くの生徒が目撃している。
でも、蓋を開けてみれば? 理由などいくらでも考えつく───自分を虐げていると周囲にアピールすることができれば、家を潰されても「あの人は犠牲者」だと周囲が信じてくれるのだから。これからの人生、ソフィアは家の影響で後ろ指をさされることはなくなる。
ソフィアは、それらに気づくことができた。
遅すぎる……そう言われてしまえば、遅かったかもしれない。
だからこそ、密告されてもすぐには動かず、カルラを救う算段をつけようとしてきた。
しかし───
「……本当にすまない」
今に思えば、あの時の行動もカルラの仕業なのだと思う。
何せ、自分の姉が嫁いだ相手……第一王子がいる目の前で堂々と結婚相手を馬鹿にしていたのだ。
いくら馬鹿でも、そんなことは普通貴族であればするはずもない。
不敬を買い、ソフィアの出る隙を与えず自分の望み通りの筋書きへと誘導させるための行動であることは明白だ。
そして、断罪する準備こそできており救う準備が整っていたタイミングを見計らっての行動。それには舌を巻かずにはいられない。
何せ、それは全て秘密裏に進めていたことだ。どうして、ルルミア侯爵家の息女が気づける?
情報を流した覚えなはい───考えられるのであれば、全て予測したのだろうということ。
「仕方ないわ、カルラちゃんは
何をやるにしても思慮深く、何をやるにしても上手くこなしてきた。ソフィアの何歩前も平気で歩き、追い越していく。
それでも自分に引っ付いて後ろを歩いてきてくれた姿は微笑ましく、嬉しかった。
そんな姿も、いつしかなくなっていたが……それも、きっと自分のためだったのだろう。
「カルラちゃんは悪くない。それは私が保証する!」
「大丈夫、分かっている。そこは揺るぎない」
揺るぎなかったのだが、ルルミア侯爵家を潰す算段をつけることに集中して、救い出すことをあと回しにしてしまった。
(前からルルミア侯爵家が怪しいというのは分かっていた。だからこそあいつを潜り込ませたのだが……いや、どう言い訳してもこれは俺の落ち度だ)
我ながら馬鹿な男だと、後悔に苛まれる。
これからどうするべきか。落ち込むソフィアの姿を見て、ユリスは思った。
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