18

 魔族の魔素と瘴気、それにサリンによって荒廃したピニャルナ山だったが、神狼曰く――母の魔石を土中に埋めておけばいずれ土地は再生するという。


回復までにどれほどの時間を要するかは不明だが、その時を見届けるまではこの地に留まり見守りたいと神狼は話していた。


「サカナシどの。この度は大変なご迷惑をおかけしまして申し訳ございません」

「もういい。済んだことだ」


 片目の視力を失い、半身に麻痺が残ったものの一命を取り留めた村長の孫のマオが、ブラン村から去ろうとする無悪に深く一礼をして謝罪をした。


 イシイがいつ自分を切り捨てるか不安視していたマオは、万が一を想定して手に入れた解毒剤を奥歯に仕込んでいたらしい。

神経ガスを吸引する前に奥歯を噛み砕いていたため、死に至るより前に解毒作用が効いたようだ。


「命からがら村にたどり着いた私は、自分達が犯してきた罪を全て村長に伝えました。『全て若い衆に問題を押し付けたワシらが悪かった』と頭を下げられて謝られましたよ」

「ふん。これで万々歳ってわけにはいないだろ」


 マオを問い質すと、憑き物が落ちたような顔で「出頭するつもりです」と答えた。


「我々も把握していない行方不明者は数えきれません。この身一つでは到底あがないきることのできない罪ですが、誠心誠意罪を償う所存です」

「そうか。お前の人生だから、お前の好きにすればいい」


 来た道を下っていく馬車のほろの中、アイリスは何かを思い出したかのようにくつくつと笑い出した。


「何がおかしい」

「絶体絶命の窮地に立たされたとき、サカナシさんが僕の前に立って身を挺して守ってくれたことが嬉しかったんですよ」

「なんだ、そのことか。忘れろ忘れろ。お前が見たのは悪い夢だ」

「いいえ。悪夢でもないですし、一生忘れませんから。ねえ、ポチ」

「ワン!」


 アイリスが声をかけると、ももの上で真っ白な毛並みを撫でられていた神狼の片割れが、適当に名付けたポチと言う名をいたく気に入った様子で一鳴きした。


「二人の旅についていきたいのは山々なんですが、いかんせん目立つ巨体ですので……代わりにこの子を連れてってはいただけませんか」そう言って神狼は、自らの魔素で子犬サイズの個体を創り上げた。


 姿形はまんま子犬だが、内に秘める魔素の総量はそんじょそこらのモンスターとは比較にならない。育てていけばいずれ立派な神狼となると説明された。


 半ば強制的に預けられた犬っころをアイリスは一目見て気に入ってしまったようで、「面倒は僕が見ます!」と宣言する始末。


「なんだか忙しすぎて疲れちゃいましたね。せっかくの機会ですし、一度妖精姫様のもとに挨拶に行って、それから休んでいきませんか。僕温泉に浸かりたいです」

「そうだな。たまには休息を取るのもいいだろう」


 激戦を終え、疲労困憊の体で無悪が考えたのはイシイが明かした謎の男の正体。


 手掛かりがない以上、ローブ男を追う手段は何一ないが、頭の片隅にやるべき項目の一つとして――いつかそのローブを剥ぎ取って正体を暴いてやると刻み込んだ。


 土中からせり出した木の根に乗り上げた衝撃で、忘れかけていたことを思い出した無悪はアイリスに尋ねた。


「そういや、俺がお前の前に立ったとき、自分のこと『わたし』って言ってなかったか?」

「へっ!? い、いやあ、そんなこと言った覚えは……」

「それじゃあ俺の聞き間違えか。一瞬お前のことを女かと思ったが、まさかいくらお前がなよなよしてるとはいえ、そんな貧相な体型の女などそうそういやしねぇしな。やっぱ出るところが出てねぇと、なあ」


 無悪が思ったことを全て口にすると、何故だかアイリスは顔を真っ赤にして目尻に涙を浮かべ震えだした。

 一瞬でも女に見られたことがよっぽど悔しかったのだろうか、拳は固く握られている。


「はいはい、どうせ魅力の一つもありませんよ!」


 勝手にキレだすと、そのまま不貞腐れてポチも膝の上で呆れたような顔をして鳴いていた。

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