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「あれから一週間経ちましたけど、ギルドマスター様から合格点はいただけたんですか?」

「まあな。しかし、アイツの強さは度を越してないか。なんとも腹立たしいが、今の俺では足元にも及ばない。あれは姫じゃなくての間違いじゃないのか」


 特訓と称したは、過去に数え切れない修羅場を潜り抜けてきた無悪でさえ生まれて始めて音を上げそうになるほどの過酷な内容だった。


 怪しまれない程度にこの世界の常識を教わり、魔法の基礎を中学生以来の座学で叩き込まれたのち、実践で何度も妖精姫と一対一タイマンを張ったがただの一度も土をつけることは叶わなかった。


 日本の露天風呂に近い豪奢な造りの風呂には、むせ返るほどの薬草の香りが湯煙とともに立ち昇っていた。


 特訓のあとは決まってボロ布のように成り果てていた無悪だったが、翌日に回復していたのは風呂に鎮痛作用と傷を癒やす薬効成分が含まれているためだと、死に体の無悪の隣で同じく裸のガランドが遠い目で語っていた。


「あやつは化物だということが、ようやくわかっただろ」

素手喧嘩ステゴロなら柔道家だろうがMMA《総合格闘技》だろうが、この無悪斬人に怖いもんはなかったが、まさか手も足も出ないとは悪い夢でもみているとしか思えん」


 かつてガランドも妖精姫にズタボロにされ、傷付いた体をこの湯で癒やしていたという。


 アイリスとガランドは妖精姫の計らいで、無悪の特訓期間中は自宅に招かれていた。アキツ組の枝組織とはいえ、一夜にして頭領を含む構成員を壊滅に追い込んだ無悪の近くに留まるのは、危険が伴うと妖精姫自らが申し出た形だった。


 ちなみに無悪は風呂に入ることだけを許され、基本的には妖精姫の自宅の敷居を勝手にまたぐことは禁じられていた。よほど清い体を汚されることを恐れているらしい。


「あの……僕も無悪に着いていっては駄目ですか?」


 一緒に風呂に入ろうとしないアイリスが、浴室の外から弱々しい声が尋ねてきた。


「当たり前だろ。お前達がいたら足手まといにしかならん。それよりお前はどうなんだ」

「どうとは?」

「ギルドでの働き心地だよ」


 妖精姫も流石にアイリスたちをタダで居候をさせるつもりはなかったようで、飲み込みが早いアイリスはギルドで働かせ、老いぼれのガランドは意外にも料理が得意らしくギルド内に併設された厨房でコックを任されていた。


「皆さん良くしてくれますよ。存外悪い冒険者ばかりではないようです」

「そりゃあ良かったな。なんならここで働くのもありじゃねぇのか。妖精姫の庇護のもとなら厄介事は避けられるだろう」


 なんとなしに告げた言葉に、アイリスは初めて語気を荒げ「嫌です!」と言い残すと、足音を鳴らしながら遠ざかっていった。

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