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 一人、また一人と乗客が降りていく乗合馬車は、昨晩降った雨で泥濘ぬかるむ山道をひた走っていた。


 標高が高くなるにつれ霧が濃くなる一方で見通しは悪くなっていく。終着駅の村にただ一人向かう乗客に、興味本位で御者は声をかけた。


「お客さん。この先は他所の人間が殆ど訪れない終点になるけどよ、あんな辺鄙へんぴな村に何の用があるんだい?」

「ちょっとした野暮用だ。貴様には関係ない」

「まあなんでも良いけどよ、老婆心ながら助言しておくがあそこの連中は排他的っつうか、外部から訪れる余所者には冷たいから覚悟しておいたほうがいいぞ。それと何とかの禁って言ったっけか――村の掟に従おうとしない人間はこっ酷く叱られるって聴いたことがある」

「五箇条の禁だろ」


 

 喧しい御者に辟易しながら答える。


「そうそう、お客さんよく知ってるな。なんでもその禁とやらを破って山に足を踏み入れた人間には、必ず不幸が訪れるって聞いたことがあるな。まあ、昔から伝わる怪談噺かいだんばなしだろうが」


 その山に行方不明になった人間を捜索するためににわざわざ訪れていたのだが、それ以上御者と益体もない会話を続けるつもりもなく、拒絶を示すように沈黙を選んで外を流れる景色を眺めていた。


 とはいっても霧ばかりで特に見るべきものもない山林の中を走りつづけていると、〝この先ブラン村〟とかすれた文字が記された看板が山道脇に今にも倒れそうに立っているのが見えた。



        ✽✽✽



 ことの始まりは無悪が依頼クエストで護衛を務めた男の一言がきっかけだった。


「実は……私のドラ息子が先月から帰ってこないんだよ」


 ロマンスグレーの髪を後ろに撫で付け、猛禽類に似た眼光とカイゼル髭を蓄えた男はライオット商会という冒険者専門の武器を主に取り扱う商会の家長、ライオット・アゾッロだった。


 誰とも徒党パーティ―を組まずに単独ソロで依頼に挑み、武功を上げ続ける無悪に興味を抱いて直々の指名だった。

 商談先に赴くまでの護衛の一人として雇われていたのだが、無事ライオットの邸宅に到着すると応接室に招かれ、懺悔室で告解をするように悩みを打ち明けられた。


「男が家を空けるなんざよくある話だろ。そのガキはいくつなんだ」

「今年で十九歳だ。そろそろ本腰を入れて家業を手伝って貰いたいところなんだが、身内の恥を晒すようで恥ずかしいが息子は苦労知らずの怠け者でな、似たような連中と徒党を組んで冒険者の真似事に興じてるんだよ」


 この世界の金持ちのガキにありがちなのは、日本で言う「ミュージシャンを目指す」といった言い訳の代わりに、「冒険者として大成する」と言い張って定職に就かないことだ。


 当然向上心があるわけでもなく、依頼を率先して受けるわけでもないので級位も最低ランクの青銅ブロンズ級のままが殆どである。


「もう大人じゃねぇか。親が世話を見る必要がどこにある。おおかた〝女〟のもとにでも転がりこんでるんだろ」

「まだそれならいいのだが……いや、それはそれで困るが、ことはそう単純ではなさそうなのだよ」

「どういう意味だ」


 年間の行方不明者数が十万人にも達する年がある日本と比べ、人口の違いはあるので一概には言えないが、この世界の失踪者の数は日本以上の数に昇るのではと無悪は以前から予想していた。


 事実各地のギルドで、失踪者の捜索を申し込む依頼者の姿を見かけることは日常的だった。数年前の依頼が未解決のまま埃を被って残っていることもザラである。


 アゾッロの息子がどういった人間かどうか――興味の対象になることは決してないのだが、このアゾッロという愚父は口ぶりに反し、よほどドラ息子の安否を心配していたようで近いうちにギルドに息子の捜索依頼を届け出ようとしていたと溜息を吐いて語っていた。


 無悪としては依頼を達成した以上、馴れ合うつもりもなく無駄な会話を断ち切るようにその場を立ち去ろうとしたのだが、あらかじめ好みを知らべていたかのように上等な酒と葉巻を振る舞われてしまっては仕方なく腰を下ろさざるを得ない。


 それらをいただいていると、アゾッロは何があったのか一部始終を語り始めた。

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