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 周囲を鬱蒼とした緑に囲まれた広大な土地に建てられた荘厳な造りの別荘に、今宵も政財界に名を連ねる客が館の主人に招かれ、思い思いの時間を過ごしている。


 貴賓室は床から壁、天井と四方を黄金で彩られ、頭上には千年の寿命を持つと言われる古龍種エンシェントドラゴンから採取した巨大な魔石を使用したシャンデリアが、煌々と灯りを灯している。


 参加している面々は表舞台で辣腕らつわんを振るう者達ばかりだが、彼等には決して人には明かせない趣味嗜好があり、館の主人――カークランドはそういった選ばれし者、成功者達の為に定期的に別荘の一つで会員制のパーティーを開催していた。


 無論、無償ボランティアで開催しているわけではない。

 彼等に恩を高く売りつけ、その対価として近くに迫っていた宰相を指名する投票選挙の際にを頼む算段だった。


 カークランドの別邸で繰り広げられる集いでは、参加者が望むものは全て手に入るとの口コミが広まり、その恩恵を受けようと今やカークランドを慕って参加の順番待ちすら起きている。


「いやぁ、カークランド卿の人脈の広さにはまこと畏れ入る」


 カークランドの隣、黄金の絹糸シルクで仕立て上げられたソファに腰掛けていた壮年の男性は、高品質の超越草を巻いた葉巻を燻らせながら膝の上に猫人族の女の子を乗せて、満足気に身体を撫で回していた。


 光を失った瞳の少女は、〝亜人趣味〟の客の相手として仕入れられた奴隷の一人。

 ここで手に入らないものはない――金も女も、望めばこの世に唯一の宝石ですら手に入れられる。


「いえいえ、私は一役人として、普段身を粉にして国のために尽くしている皆様方の英気を養う為、ささやかながら一助となればと考える次第です」

「またまたご謙遜を。このような地上の楽土を築けるのは、貴方をおいて他におりますまい。この礼は宰相の指名選挙の際に熨斗のしをつけてお返しすると約束しましょう」

「ははは、お気持ちだけ頂ましょう」


 色に溺れるもの。食に狂うもの。人の欲は即ち生の源動力。


 欲を煽り、制動コントロールすることで人間は意図も容易く従順な駒となる。

 亜人趣味の男に会釈をし、その場を離れたカークランドは内心で変態趣味の客を罵る。


 ――ふん。亜人の女に欲情するなど吐き気がするわ。


 表ではにこやかに対応しつつ、これも宰相の地位を得るための我慢だと堪えながら来客と挨拶を交わしていると、突然貴賓室の扉が荒々しく開かれ参加者の視線が扉に集まった。


 ――なんだ? この後に催し物を行う予定などなかったのだが。


 姿を現したのは、この場に相応しくない全身ズタボロに傷ついた男だった。

 当然カークランドが招待した客などではない。そもそも見ず知らずの人間は屈強な門番によって、足を踏み入れることすら不可能である。


「カークランドという男はいるか」

「私がカークランドだが、いったい護衛はなにをしている」

「護衛? ああ、あの見掛け倒しの奴等なら永遠に目を覚まさないぞ」


 興味なさげに答えた男の手には、筒状の物が握られていた。それをおもむろに私に向けた瞬間、貴賓室に乾いた音が響き渡り、腹部に重い衝撃を感じた。


「ヒイッ!」

「カ、カークランド卿!?」


 前のめりに倒れると腹部が燃えるように熱く感じ、咄嗟に押さえた手のひらには真っ赤な鮮血がべったりと付着していた。


 愚民を縛り、選ばれしものを優遇する法を司る私の身体から、刻一刻と拍動に合わせて魂が流れ出ているような恐怖を覚えた。


 その場に居合わせた客たちは突然の凶行にパニックに陥り、ただ一つの出口から他人を押し退け慌てて出ていくと、残されたのは私と私を冷酷な目で見下ろす男の二人のみとなってしまった。


「ウィルはどこにいる」

「な、何を言っているんだ……?」

「しらばっくれるな。冒険者狩り、いや……ミミィから話は聞いている。お前がアキツ組と手を組み私腹を肥やしているのは知っている。そして真実が白日の下に晒される前に手を打ったこともな。ウィルはオルドリッチの後釜として利用する気だろう」

「そうか……ヤツはしくじったのか。なら貴様が件のアルタナと名乗っていた邪魔者か」

「さっさと居場所を吐け。まあ吐かずとも後でゆっくりと屋敷を捜索すればいいだけだがな」


 何故、私が命の危機に瀕している?

 何故、法務院大臣たる私が見下されている?

 何故、何故、何故――


「今、貴様の頭の中はわからないことだらけで混乱してることだろう。何故このような理不尽な目に遭うのかってな。そこで親切な俺は答えを教えてやる。たった一つ、シンプルな答えだ」


 そう告げると、私の腹に風穴を開けた筒を額に向けてきた。次に何が起こるのか想像してしまい、口からは屈辱的な命乞いの絶叫が飛び出た。


「や、や、やめてくれッ! わかった、お前が望むものならなんでも用意しよう! 金か!? 女か!? それとも権力か!?」

「貴様は俺を怒らせた。たったそれだけだ」

「その手を降ろせっ! 法を司る私に危害を加えたらどうなるか、わからぬわけではなかろう!」

「貴様に対して特別恨みがあるわけではないが、俺は自分の手を直接汚す覚悟がない人間に反吐が出るんだよ」


 指に力がかかると、しんと静まり返った室内に激発音が連続して轟いた。


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