28

「馬鹿な……」


 音速を超える速度で放たれた銃弾は秒速379メートルの速度で対象物を貫く。

 無論、動体視力で反応できるはずもないなのだが、放った弾丸のうち一発はミミィが振りかざした神喰によって弾かれ、もう一発は特徴的な耳をかする程度で傷すらつけられず、残った一発は勢いを殺すように仰け反った首が元に戻ると肉食獣のような犬歯で止められていた。


「は〜驚いたわ。初見だし油断してたとはいえ、全部弾き返すことが出来なかったなんて。だけど残念ね、ダーリンには期待してたんだけどこの程度の魔素を込めた攻撃が全力だとしたら、私の心臓ハートを射止めることは出来なくってよ」

「……まさか銃弾をノーダメージで全て防ぐとは。金級程度の冒険者ならいい勝負が出来るとお墨付きを貰ったんだがな」


 ガキの頃から喧嘩に負けたことはなかった。それは多対一であっても、武器エモノのアリナシに関わらず実力差があっても同じことだった。


 最後に立っているのは自分――見下ろすのは敗者。その構図がひっくり返ることはなかった。今の今までは。


「何言ってるの?」


 無悪の発言に眉をひそめたミミィは、初めて嫌悪感を滲ませ答えた。


「ああ、そういえば巷では私が金級相当だって噂されてるんだっけ。ご愁傷様、私の本来の実力は白金プラチナム級よ」

「白金、だと?」

「さてと、お話前戯はこれくらいにして二人だけの情事を楽しみましょう。お願いだからダーリン、私を失望させないでよね。兎人族は自分より弱い男には興味がないの」



        ✽✽✽



 ミミィとの戦闘は、数分が一時間にも感じられるほど苛烈を極めた。


 息継ぎをする暇も与えられず、縦横無尽に斬りかかってくる刃を避けるのが精一杯。合間から飛んでくる体術が無悪の防御ガードの上から着実にダメージを蓄積させていた。


「それじゃあ、少しだけ実力を見せてあげようかしら」


 華奢な体からは想像もできない膂力りょりょくで重量級の神喰を振るうと、回避不可避な衝撃波が無悪に襲いかかる。


「ぐっ……!!」

「まだまだ死なないでちょうだいねッ」


 距離をとっても遠距離から衝撃波が飛んでくる。距離を詰めても有効な打撃を与えることが出来ない。


 魔力を溜めた拳で渾身の突きを放つも、ひらりと後方に翻ったミミィは息も切らさずに、「頑張るねぇ」と小馬鹿にする顔を見せた。その顔がまた癪に障る。


「俺の勘違いか……全く本気には見えないんだが」


 乱れる呼吸を少しでも整えようと話しかける。


「アハ、いきなり本気で潰しちゃったらつまらないしね」

「その衝撃波は、神喰とやらの能力チカラなのか」

「そうよ。神喰は与えたエサの生命エネルギーの総量だけ、衝撃波を放つことができるの。それだけじゃないわ。エネルギーが尽きるまで所有者の身体能力を飛躍的に向上させるパッシブスキルも付加されてるのよ」

「なんだ……随分と気前よく教えてくれるじゃねぇか。あとになって後悔しても知らねぇぞ」

「ご心配どうもありがと。だけど教えたところで現実は変わらないから大丈夫。それじゃあ第二ラウンドと洒落込みましょうか」


 一歩踏み込む速さや、振り下ろされる斬撃のキレが明らかに増したミミィは上昇した身体能力を十全に使いこなしていた。


 もはや攻撃の軌道を目で負うことが出来ず、辛うじて反射神経のみで避けていた無悪だったが、それも刻一刻と限界が近づいていた。


 攻撃をしようにも隙などどこにも見当たらない。間近でグロックを発砲してもヒラリと躱される。


 弾丸の初速は数発の攻撃で見切られてしまったようで、匕首ドスでは神喰の重量を受け止めるには至らなかった。

 肩関節ごと持っていかれそうな剣戟けんげきを繰り返すうちに、刀身が先に限界を迎えてひび割れると、体ごと弾き飛ばされてしまった。


 思案を巡らせる暇もなし――。

 どうにか反撃の機会が訪れないか耐えていると、痺れを切らしたミミィが声を荒らげた。


「ちょっと! さっきから逃げの一手だけど、もしかしてこれが全力ってわけじゃないわよね。だとしたら全然笑えないわよ。カークランドの命令で仕方なく潜り込んだ泡沫の夢で、あなたを一目見た時に感じた胸の高鳴りは絶対に本物だった。私はサカナシちゃんの潜在能力に惚れたのよ。『この人なら、きっと渇ききった私の心をを満たしてくれる』そう信じて、愛し合うその時を辛抱強く待ってたっていうのに……乙女の純心を弄んだ罪は地獄の底より深いことを知りなさい!」


 そう啖呵を切ると、翼でも生えているかのように空中を飛翔し、距離を取って神喰を上段に構えた。


 ――もはや何でもありだな。


 血を吐きながら笑いを漏らすと、再び死の気配をそばに感じた。


「なんだよ、身体能力が上昇すると空すら飛べるのか」

「神喰を手にした私に不可能はない。さあ、乙女を欺いた罪をその命で贖いなさいっ!『獄超音速刃ハイパーソニック!』」


 振るわれた刃から放たれたのは、先程街を蹂躙し尽くした衝撃波とは比較にならないほどの斬撃の集合体だった。


「神喰に私の魔素を喰わせて放った空気の刃よ。どこに隠れようが塵芥ちりあくたに変えてやるんだから!」


 圧縮された空気が幾千万の刃に変化し、上空から無悪めがけ降り注ぐ。瞬く間に全身を貫かれ、切り刻まれていく。


 時間にして数秒とごく短い時間の出来事は、無悪を死地に追い込むには十分だった。痛覚が訴える電気信号は次第に弱々しくなり、全身の骨と内臓に深刻なダメージを追っていることを察した。


「これほどの重傷は……抗争中にダンプで轢かれた時以来だな……」


 ぼんやりと霧がかる頭を拳で殴り、強制的に意識を取り戻して覚束ない下半身で立ち上がると、普段無悪が弱者に見せるような冷酷な視線で見下すミミィが不愉快そうに口を開いた。


「なによ。ボロボロのくせに私の獄超音速刃に耐えるなんて、随分と生意気じゃない」

「は……好き勝手言ってくれるじゃねぇか。だけどよ、感情的になって放った一発だ……神喰の中に溜まっている生命エネルギーを実は使い切ったんじゃねぇのか?」

「まあね。少しムキになりすぎたのは認めるわ」


 エネルギーを使い果たし自然落下したミミィは、着地と同時に神喰を瓦礫に突き刺すとそれまで見せたことのなかった構えを取る。


 両手の指先から人体はおろか鉄板ですら容易く貫通しそう鋭利な爪が伸びていた。


「まだそんな隠し玉があったのか」

「いくら装備品に恵まれていても、最後に信じられるのは自分自身よ。ねぇ、サカナシちゃん。もうあなたには興味がなくなったの。ほら、今もこうして立っているだけで死にたくなるほどの痛みに襲われてるでしょ? もう無理はしなくていい、せめて私の思い出の中で生きてちょうだい」


 ミミィはそう告げると、無悪の命を刈り取らんと一直線に駆け出す。

 神喰の力など頼らずとも、脚力は野生の獣そのものだった。


「こんな化け物がいるなんて知ってたら……最初からこんな苦労せずに済んだってのによ」


 時間稼ぎのような姑息な手を使わなければならなかった己の不甲斐なさを死ぬほど恥じ、ウィーバースタンスでグロックを構える。


 ようやく魔素を全て、ただ一発の弾丸に注ぎ込んだ。


「だから、それは効かないって言ってるじゃない!」

「……どうせここで死んだら、所詮それまでの男だっただけの話だ」


 妖精姫が特訓の最終日に念を押して語っていた内容を思い出す。


「いいですか。魔素は生き物にとってなくてはならない生命の源です。もし枯渇してしまうようなことがあれば、どんな強者であろうが死に至ります。サカナシさんは無限に放てると仰ってましたが、正確には回数に限度があると覚えておいてください。そして、万が一敵わぬ敵と対峙した場合は、なにより逃げることを最優先に考えてください」


 深く息を吐き、信念を貫く覚悟を決めた。


「敵を前に逃げ出すくらいなら……この無悪斬人は死を選ぶ」


 引鉄を引く余力すらまともに残っていないが、最後の力を振り絞ってありったけの雄叫びをあげた。

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