第28話 お母さん


「ただいまー!」


「あら、ユウナ。おかえりなさい。」


「お母さん!」


一年の時が経ち、ユウナとマリーカも、更に絆が深まっていた。本当の母娘になろうという事で、その様に振る舞い出し……今ではもう、すっかり板に付いている。


「ね、ね、お母さん!手、出して!左手!」


「手?」


ユウナの言葉に、マリーカはその彫刻の様な手を伸ばす。

ユウナは、その手を取ると、スッと指輪を通した。薬指だった。


「あら。これ、グニパの……?」


「うん!お母さんにすごく似合いそうだったから!」


「ああ……ユウナ……!」


マリーカは、ふわりとユウナを抱き寄せた。そして、ユウナの長い耳へと顔を寄せると、

「ありがとう……。嬉しいわ。」

と、柔らかいトーンで呟き、そのまま耳にキスをした。


アルヴのエルフ達にとって、耳へ触れる事は重要な意味を持つ。耳に触れる事が許されるのは、特に親しい間柄のみ。つまりそれは、愛の証なのだ。


「喜んでくれたなら、私も嬉しい!」


ユウナは、マリーカをギュッと抱き返した。


「あ!そうだ!まだこれだけじゃないんだった!」


暫しの抱擁の後、ヤルンのバックに詰めたお土産がまだあった事を思い出し、ユウナはマリーカと貯蔵庫に向かった。



――


その晩のディナーは、ユウナの交換してきた魚が中心のメニューだった。エルムト川産の川魚は、ミュルク村では人気の交易品の一つなのだ。ミュルク村は深い森の中にあり、森の恩恵は計り知れないのだが、近くには、魚が捕れるような川は無いのだった。

エルムト川の魚は、当然数種類あるが、今日食卓に並んでいるのは、鮭の様な魚と、山女魚の様な魚の二種類だった。だが、二種類とは思えない程の品数になっている。


「お母さんの料理は本当にすごいなぁー。」


「ふふ。そういう異能だからというだけよ。お手伝いありがとう。さ、いただきましょう。」


ユウナと暮らし始めて初めてとなる魚料理という事もあってか、この日のマリーカはその持てる力を余すこと無く注ぎ込んでいた。

王家で振る舞われるべきであるその腕前を、惜しげも無く発揮したその料理は、目にも美しく、そしてその味わいもアルヴ随一といえるものだ。


マリーカ自身も、王家仕えの頃には、作りはすれど、その料理そのものを食べる事など無かった。

名誉を捨て、村に戻り、ユウナと暮らすという選択は、彼女にこの上ない安らぎと多幸感を齎していた。


だが……この生活がいつまでも続く事は無いと、知っているのだ。ユウナの寿命は、短いのだから。


「あ!そうだ。お母さん。」


「どうしたの?」


「占い師さんがね、フェアランドに行けば異能の事は解決するって言ってたんだ。」


「え?!異能が……」


マリーカは、持っていたフォークを落としそうになる程に動揺を見せた。

ユウナは、普段から冒険がしたいと公言している。そして、ユウナの親友であるリトも、どうやら旅人になりたいという事も知っている。

きっといつかは二人で旅に出るのだろう。そして、それは案外近い時なのかも知れない。そう何処かで思ってはいた。

だが、急に具体的な話になった。マリーカの至福の時間は、もう余り残されていない。その事実を突き付けられ、二の句が継げ無かった。


マリーカの異能は、王佐の才と呼ばれるものだ。アルヴではその様に呼ばれているが、軍師的な意味合いではなく、その実世話に特化したものだった。

出来る事は幅広く、少し器用貧乏のきらいがあるが、支配階級からすると重宝されるものだ。

長いアルヴの歴史に於いて、この手の異能を授かった者は、いつしか強制的に王家に仕える事になっていた。


マリーカは、出来うるならば、ユウナの旅に同行したいという想いは強い。しかし、マリーカはユウナと王館を出る時に、その所在を常に明らかにするように厳命されている。王家との繋がりが完全に途絶えた訳ではないのだ。

もしも勝手に旅に出ようものなら、罰が与えられる。おそらくは、マリーカの樹は燃やされる事になるだろう。悪くすれば、ミュルク村にも何らかの罰が与えられる事も考えられる。だから、マリーカは安易にユウナに着いて行くという選択は出来ないのだ。


左手を見れば、キラリと輝くリングが薬指に嵌められている。ぼんやりと眺めていると、不思議と落ち着いてきた。


ユウナが少しでも元気になる可能性があるなら……

笑って送り出してやるのも、母としての務めかも知れない。いや、今一度……王に直談判してみよう。最初から諦めるべきでは無い。その結果次第だ。

マリーカは、そんな決意を静かに固めるのだった。


――


「ナイ。」


食後、後片付けを終え、ベッドメイクをしに来たユウナは、バルコニーでじっとしているナイに話し掛けた。


「ユウナ。どうした。」


「私ね、来年……旅に出ると思う。ナイは、どうする?」


「ナイは、ユウナを護る。だから、行く。」


「そっか……。ナイ、ありがとう。」


ナイは近頃、早朝の狩りの時以外、ユウナが村内に居る限りは、ついて回る事はしなくなっていた。

それは、ユウナが以前より強くなった事もあるが、村内には危険が無いと判断出来た事が大きい。

大概はバルコニーか玄関横でじっとしている事が殆どだ。その様は、まるで充電スタンドのお掃除ロボのようだが、まさにその通りで、じっとする事は、ナイにとってのエネルギー補給なのだ。


ナイも、ユウナが旅立つ事は知っていた。あまり知識は持ってはいないが、ユウナの身体に異常がある事は感じてもいる。来るべき日に備えて、ナイは充電しているのだ。


「じゃあ、お風呂入ってくるね!」


「ああ。」


ナイは、少しずつ小さくなるユウナの足音を聞きながら、再び顎を落とし、瞳を閉じた。

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