第25話 リトちゃんも冒険がしたい
「ねぇ、ユウナちゃん。」
「ん?なぁに?」
ミュルク村の、静かで深い夜。星月の淡い光が射し込む部屋では、少女が二人、大きめなベッドの上で、お互いの存在を確かめるかのように、その身体を寄せ合い、語り合っていた。
この二人の少女は、お互いが生涯での初となる友人と呼べる存在だった。
「ユウナちゃんは、本当はお姫様なんだよね?」
「え?うーん……そうみたいだけど……。なんで?」
「村での生活、嫌じゃないの……?」
「え?全然嫌じゃないよ!マリーカさん、すごく優しいし。村のみんなも良くしてくれるし。それに、リトちゃんとお友達になれたし。すごく楽しいし、嬉しいよ!
……リトちゃんは、違うの?」
「え……っと……。わたし……ユウナちゃんがこの村に来るまでは、お母さんのお手伝いしかしなかったんだ……。それしか、する事……なかったから……。」
リトは、途切れ途切れに、力無く話す。その声は張りも無く、小さく、聞き取り難い。
だが、ユウナは、一言一句を噛み締めるかのように、リトの手をキュッと握りながら聞いていた。
この数日の出来事で、ユウナもリトがこの村でどんな扱いを受けていたのか、少しは理解出来ていた。
初めての友人の力になれるものならなりたいと思っていた。
だが、ユウナには、気の利いたような慰めの言葉が思い付かない。ユウナは、前世の記憶はあるが、経験している事は少なく、他者とコミュニケーションを取る事もあまりなかった故に、そういう事は不得手なのだ。
だから、ただ手を握り、真剣に聞く事しか出来なかった。
しかし、その方が上手く行く場合は、往々にしてある。
他者との触れ合いは、安心感や幸福感を得られる。
人間の場合は、ホルモンの作用によるものだが、エルフにとっても、効果的にはさして変わりないようだった。
「ユウナちゃんの手……温かいね。」
先程まで、過去を振り返り、その表情に影を落としていたリトも、いつの間にか柔らかく微笑みを見せていた。
「リトちゃんの手、ちっさくて細くて、可愛いよね。」
「ユウナちゃんは、指が長くて綺麗だから、羨ましいよ。」
アルヴ族のエルフは、外見的に、線が細いタイプの美形ばかりだ。それは、幼少の頃からそうなのだ。
しかし、リトは、人間でいうところの、"可愛らしいタイプ"だった。
ユウナの感覚としては、素直に可愛らしい美少女なのだが、アルヴ族のエルフ達にとっては、違和感でしか無いのだ。それもまた、リトが浮いてしまう原因の一つだった。
リトは、自身が自我を得て以来、ずっとその感覚に晒されて生きてきた。
手放しで受け容れてくれるのは、母であるフリッカだけ。ずっとそんな状態だったのだ。
だが、ユウナは、そんなリトに対して、何の偏見も無く、どうやら本気で可愛いと言ってくれている。
その事実が、握り合った手の温もりから、じんわりと伝わってきていた。
リトは、ユウナが自分の事を受け容れてくれる存在だと感じる事が出来ていた。
「ねぇ、ユウナちゃん。」
「うん。」
「わたしね、旅人に……なりたいんだ。」
「旅人!って、交易品を運ぶ人?」
「そういう人が多いかな。でも、それだけじゃないんだよ?」
「えっ?!そうなの?!」
「うん。毎年来る旅人の占い師さんが言ってた。
アルヴの村を廻るだけじゃなくて、スヴァルトの国とか、フェアランドに旅をしたり、遺跡を廻ったりする人もいるんだって。」
「へー!遺跡とかあるんだね!リトちゃんは、どこに旅したいの?」
「わたしは、フェアランド……妖精とか見てみたいなって。」
「妖精の国……どんなところなんだろうね?」
「わかんないけど……このまま、村で暮らすよりは良いのかなって……。」
リトは、冒険心や好奇心が強く外の世界に憧れを抱くタイプでは無かった。生き難く感じる村での生活が、何百年と続く事が嫌だったのだ。逃避からの選択ではあるが、動機は何であれ強い気持ちさえあれば、結果を残す事はままある。
「そっかぁー。旅人かぁー。私も、いつか冒険してみたいなぁって思ってるんだー。せっかく動ける身体になったんだし。」
「そうなんだ!じゃ……じゃあ、わたしと……一緒に……行かない?」
「うん!行こう!リトちゃんと一緒だったら、きっと楽しいよね!」
その言葉を聞いて、リトは満面の笑顔になった。
それはとても少女らしい表情だった。
「あ、そうだ!占い師さんって!リトちゃん、占ってもらったの?!」
少女は、占いというものが好きである。ユウナも、その例にもれないようで、興味を示したようだ。
「え?!う、うん。」
「どうだった?!」
「えっと……、今年から色々変化があるって、言ってたかな……。」
「変化!あったの?」
「……うん。」
リトにとっての変化。
それは、ユウナと出会った事が何より大きい事だった。
友人と遊び、泊まりに行く。それは、淡々と続けてきた13年の生活とは大きく異なるものだ。
内面的な事もそうだ。他人にこんな話をするとは、嘗てのリトからは想像すら出来なかっただろう。
まさにその変化の只中にあるのだった。
「そっかぁー!私も、占ってもらいたいなぁー!」
「毎年来てるから、今年も来ると思うよ。」
「そっかぁー!楽しみだなぁー!」
「楽しみ?なんだ……?」
「うん!本物の占い師さんって、会った事ないから!どんなかなって!」
一方で、ユウナは好奇心は強い方だ。
いや、正しくは、アルヴヘイムに来てから強くなった。見るもの全てが嘗て見た事が無いものばかりで、自分には動ける身体があると実感したからだ。
「えっと……そういう異能を持った人だったよ。」
「へー……異能って、色々あるんだねぇー。」
「わたしは、あと一年半かな。どんなのになるか……わかんないけど……。旅に役立つものだといいな。」
「普通は、15歳なんだっけ?」
「うん。」
「そっかぁー……。」
ユウナは、既に異能を授かっているらしいという事は聞いているが、それが何なのかは、誰も分からない。自分でも、自覚出来ないでいた。
だが、あると言われている分、気に病む程には感じていなかった。
「あっ!そろそろ寝ないと、明日寝坊しちゃうね!」
「あ、うん。そうだね。」
リトは、こんなに他人と話し込む経験は初めてだった。だから、ユウナのその発言に、一抹の寂しさを覚えるのだが……すぐに落ち着いた。
「ねえ、ユウナちゃん。」
「ん?なぁに?」
「ギュッてして、寝てもいい……?」
「え……、良いの?」
「いいのって……わたしが聞いたのに。」
二人は、笑い合うと、その腕を互いの背に回し、温もりを感じ合いながら眠りについた。
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