第21話 私の精神安定剤


リトちゃんが、お泊まりする事になって、ベッドの準備をしに、2人で二階に行ってる間。

フリッカさんと、マリーカさんは、お話をしていた様でした。


準備を終えて、階下に戻ろうと、階段を降りると……そのお話が……聞こえてしまいました。


それは、楽しくお話していた……という感じでは全く無くて。

とても真面目なお話でした。


それは……


マリーカさんが、私をここに連れてきてくれたんだという事。

私を、生かしてくれたんだという事……。

そういう内容でした。


その事実を唐突に知ってしまった私は……色々な感情が入り交じってしまって、今の気持ちを上手く表現出来ません。

ただ、涙だけは、どうしても止められないようでした。


「ユウナ様……。」


そんな私を見詰めるマリーカさんは、普段見せない様な、とても困っている様な顔をしていました。


「ユウナちゃん。さっきの話、聞いてたよね?」


「……うん。」


「マリーカの事、どう思ってる?」


「……どう……って……?」


フリッカさんの質問が、何を意味しているのか、その時、直ぐには分かりませんでした。


「フリッカ……それは……!」


「いいから。」


マリーカさんが、慌てたように何かを言おうとしましたが、フリッカさんが手で制しました。

私は、言いたい事が全然纏まってはいませんでしたが、つっかえつっかえ話しました。


「マリーカさんは……すごく素敵で……大好きで……

ううん……。

違う……。

お母さんみたいに、思ってる……。

マリーカさんも……

そう思っててくれたらいいなって……ずっと……」


頑張ったけれど、思ってる事を全部言えたとは全然思えませんでした。


フリッカさんは、満足そうに、嬉しそうに「うんうん。」と頷き、マリーカさんに「ほら、ね?」と言いながら、目配せしました。


「ユウナ様……!」


マリーカさんは、私に駆け寄って――

いつもとは違う感じ……少し力強く抱き締めてくれました。


私はその時、マリーカさんが泣いているのを、初めて見ました。


「ユウナ様……ユウナ様……」

「うぁあぁぁぁー……!マ"リーカさぁあぁぁぁー!」


何故だかは分かりませんが、私は号泣してしまい……


「あらあら……。こりゃ、今日は二人にしてあげた方がいいかねぇ……。

リト。また明日だね。今日は帰ろうか。」


「うん。マリーカさん、ユウナちゃん。

今日は、本当にありがとう。

また明日、遊ぼうね。」


フリッカさんとリトちゃんが帰っていった後も、私はしばらく泣き止めませんでした。


――


少し落ち着いた後。

いつもの様に、マリーカさんと二人、お風呂に入りました。


近頃、ずっと思ってました。


このお風呂は、エルフの普通のお風呂、とマリーカさんは言っていました。

でも、洗い場も浴槽も広くて、綺麗な花弁が浮かんでて、おしゃれでいい匂いで、気持ち良くて素敵なお風呂だなと、私は、そう感じていたのです。


それはもちろんそうなのですが。


でも、マリーカさんと一緒に……という事が、その素晴らしさをより一層強調していたんだなと、今日――改めて実感しました。


「ユウナ様。随分と泣かれましたので、腫れてしまうといけません。

今日はこちらで、お顔を……」


と、マリーカさんは、泣きくれた私のアフターケアまでしてくれます。

至れり尽くせりとは、マリーカさんの事だったんですね。


ひんやりとした、薬草の抽出液。

それを優しく丹念に塗り込んでくれます。


火照りが……すうっと消えていく感覚が……とても気持ち良くて……。

この薬は、アルヴ水薬ポーションというそうです。

アルヴ族に伝わる秘伝の水薬で、塗れば傷、飲めば病気に効くという、万能薬みたいです。

リトちゃんと採りに行った薬草で、マリーカさんが作ってくれました。

材料自体はシンプルで、私も、作り方は教えてもらいましたが、私では作れなさそうでした。


「ありがとう……。」


「いえ。大事なユウナ様のお顔に、もしもの事があってはいけませんから。」


マリーカさんは、私の前の家族と同じくらい……私の事を気にかけて、お世話をしてくれます。


それは、王家の使用人としてでは無く、その立場を投げ打ってでも、私を救い……育てようとしてくれたという……愛情、なのでしょうか。


「ねぇ、マリーカさん。」


「はい。」


「マリーカさんは、なんで私を助けてくれたの?」


「……そうですね。端的に言ってしまえば、自分自身と重ねている部分が、あったかも知れませんね。」


「えっ?私が、マリーカさんに似てるって事?」


「ふふ。」


マリーカさんは柔らかく微笑みながら、私の頬を優しく撫でました。

その仕草が、とても美しくて……少しドキッとします。


「私の異能は……お世話に特化したものなのです。

それを希望の樹から授かった15歳のあの日に、王館にお仕えする事が決まりました。

今から200年以上前の話ですが……。」


に、にひゃく……!


「それは、大変名誉な事です。ミュルク村では、村を挙げての祝宴まで催されました。

そうして、私は送り出され王館へと勤めに出ました。

それから、少し時が経ち、私が王家直属になった頃でした。

ミュルク地方に、竜族が飛来したのです。

ミュルク村は半壊し、その時に私の両親も亡くなりました。

私は王館で、後にその報せを受けただけ。

竜族は、英雄ユーナリオン様がその生命を懸けて撃退せしめた、被害は極小だった、と。」


ユーナリオン……私の名前の基になった人。どんな人なんだろう?分かんないけど、強い人だったんだろうな。


「結局の所……私は、親子の愛というものを、あまり知らないのです。

ですので、生まれ持った能力で、その愛を……いえ、生命までをも奪われようとしていたユウナ様を……放っておけなかったのだと思います。」


「マリーカさん……。」


マリーカさんのお話に、私では、言葉が見つかりませんでした。


「さ、長くなりました。逆上せてしまいますから、出ましょうか。」


――


その日も、マリーカさんと一緒に眠りにつきました。

不思議な事に、マリーカさんは上衣をはだけたままだったので、どうしたのかと聞いたところ……

私がいつでも吸えるようにしてあるのだ、と言っていました。


マリーカさんには、やっぱり私は赤ちゃんに見えているみたいですね。

でも、マリーカさんの柔らかい胸に包まれているのは、本当に安心出来るのです。

別に赤ちゃんでもいいかなって思えるくらいには。


マリーカさんは、私の母であり、先生であり、憧れであり、薬でもある。

私が元気でいられるのは、この人の愛情のおかげだ。

明日も、お手伝いしよう……。


そうして、私は意識をマリーカさんに預けるように手放した。安心感に包まれて。

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