第14話 大失敗しました。


「いっ……たぁ……!」


不意に強い衝撃を受けて、訳も分からず吹き飛ばされ、地面に転がったまま、私は動けないでいた。


――ブルルルゥ……!


自由の効かなくなった身体で、必死になんとか見上げると、猪らしき獣が、前脚をカッカと地面に打ち付けながら、私を見下ろしていた。

……怖い!た、た、食べる気なのかな?!た、た、多分美味しくないよ?!


恐怖で震えそうになったけれど、獣は見下ろしたまま、距離を保って近付いては来ない。


自分の身体の状態を確認してみると、強い衝撃を受けて、身体が麻痺したみたいになっちゃったけど、防具のおかげで、骨が折れたりはしていない様だった。防具ってすごい!


でも、どうしよう……。

そろそろ、立てそうだけど。多分、走っても、獣の方が速いだろうし……。武器も、何も持ってない。当然、魔法も使えない。

確かに、防具はすごく頑丈だったけど……。

体当りの衝撃を全部無くすのは無理みたいだし……。

どうしよう……。


暗闇の中、ギラりと眼だけが光る、黒い塊に睨まれてる。ただただすごく……心細い。


「ユウナ!」


ナイの声がした。と、ほぼ同時に、

――ブシャーー!!

と、目の前の猪は、血飛沫を上げていた。


「ユウナ!大丈夫か!」


「ナイ……ありがとう!大丈夫だよ!ナイのおかげだよ!」


少し先行してウルさんと一緒に鹿を追っていたはずのナイが、異変に気が付いて戻って来てくれた。

そうして私は事なきを得た。もちろん、ハーナルさん達が作ってくれた防具も生命を護ってくれた。やっぱり、装備って大事なんだなぁ。


「ユウナ、乗れ。」


「うん。」


遅れてしまった私は、ナイに乗せてもらって、仕手場に向かった。

私って、なんにも出来ないんだな……。


――


「ま、ユウナちゃんは、体力作りからだな!」


「はい……。ごめんなさい。」


ウルさんに全くついていけなくて、別の獣に襲われてしまった私は、帰り道はお説教タイムだった。

お説教……といっても、お小言という感じでもなくて、怒鳴られたりもなかったけど……。


狩の収穫としては上々で、鹿が二頭、猪が一頭、村の全員で分けても、二週間分にはなるみたい。

やっぱり、ウルさん達はすごいんだなぁ……。


「まぁ、ソリンよりは随分増しだがな。ソリンが初めての時は……」


「ちょ……?!ウルさん!?その話はいいじゃないっすか?!」


「はっはっはっ!」


多分、ウルさんは、気を使ってくれたんだと思う。

失敗した私をあまり怒らずに、むしろ心配してくれたし……。

なんだか、余計に申し訳ない気持ちになった。

手伝える、とまでは思ってなかったけれど、危ない目に遭うとまでもは思ってなかった。


生まれ変わってから今まで、どこか夢見心地だったかも知れない。浮かれ過ぎていたというか。

走れるようになってたし、村はほのぼのしてるし、マリーカさんも、村の皆も、優しいし。

本当は、当然……そればっかりじゃないのに。そういう所を、あまりちゃんと考えてなかった気がする。


ここは、病院のベッドの上じゃないんだ。

皆、生活に命懸けなんだ。

ちゃんと自覚しなきゃ。前世の自分とも、そして世界も、今までとは全然違うって事。

でないと、寿命が来る前に、また死んじゃうかも知れないんだ。

もっとしっかり、考えなきゃ。


――


その日の夜。

お風呂の時間。

今日も、マリーカさんが優しく洗ってくれる。

一日の疲れも、嫌な事も、汚れと一緒に洗い流されていくようで……。とても気持ちがいい……。


嫌な事……というか。今日の大失敗。

黙っていても、きっとそのうち伝わってしまうだろうと思って、早朝の出来事をマリーカさんに、ちゃんと話した。


「マリーカさん。ごめんなさい。」


「ユウナ様……。明日から、訓練をしましょうか。

身体作りと、体術ですね。

私も、王家の側仕えとして、体術の心得はありますので。」


「いいの……?」


「もちろんです。」


「マリーカさん……ありがとう。」


「いえ。生きる上で、失敗は付き物です。ユウナ様は、まだお生まれになったばかり。当然、失敗する事もあるでしょう。それをどのように乗り越え、成長するのか。僭越ながら、私はそれが大事かと思います。

私に出来る事でしたら、何でもお手伝い致します。

ですから、その様なお顔をされないで下さい。」


「マ"リ"ーガざぁーん……!!」


マリーカさんの言葉に、私は涙を堪える事が出来なかった。

マリーカさんは、そんな私を優しく抱き締めてくれた。

柔らかくて、温かくて、いい匂いがして……

すごく、すごく落ち着く……。


マリーカさんは、きっと、三人目のお母さんだ。

私にとっては、そう。

血の繋がりはないけれど、そう。

そう思って生きよう。


そもそも、こんなに立派で素晴らしい人、中々いないんじゃないかと思う。

この人のように、なれるかは分からないけれど、私も、今度こそちゃんと生きて大人になるんだ。

だから、マリーカさんの言うように、失敗しても頑張ればいいんだ。

前世では、何も出来ない身体だったから、色々とすぐに諦めていたと思う。

だから、ちゃんと生きていけるように、頑張ろう。


「さ、逆上せてしまいますから、そろそろ出ましょうか。」


お風呂から出て、服を着て。

その日……私は、マリーカさんと一緒に眠った。

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