第5話 森のクマさん


「マリーカさん。現神って、何?神様って事?」


白桃味の林檎を平らげて、蜜柑の様な果物の皮を剥きながら、私は質問した。

あの、病室に居た……神様とか言ってた黒い靄。もしかしたら、また会えるのかな?この世界には、神様が居るって事なのかな?

もしそうなら、もしまた会えるのなら……色々と、聞いてみたい事があるけど……。

でも、ちょっと怖い。なんだかすごく気持ち悪い声だったし……。


「神様……。彼等は神族ですから、敬称を付けるならそうですね。

……村に着いたらユウナ様にも、きちんと学んで頂きます。」


マリーカさんは、少し不快そうな顔をしながら答えてくれた。神様、嫌いなのかな?その日、その話題にはもうお互い触れませんでした。


あ!そうそう。

蜜柑の様な果物は、とても甘い葡萄みたいな味がして、すごく美味しかった。


エルフは、どちらかというと野菜や木の実、果物が中心の食生活みたいだけれど、肉や魚が食べられない身体という事でもないと、マリーカさんが説明してくれた。

弓が得意な集団も居て、狩りをしているんだそう。

というか、今から行く村は、そういう村だって。


食事を終えた私達は、後片付けをして、またナイに乗せてもらう。


――ダッダッダッダッダッダッダッダッ


「ナイー!疲れてないの?大丈夫?」


「ナイ、休んだ。疲れてない。」


「そっか。ゆっくりでもいいからね?」


「ゆっくり、分かった。」


そう言うと、ナイはペースを落として歩き出した。

ナイが走っていると、景色が飛ぶようだったけれど、歩いてくれると、じっくり見る事が出来る。


木漏れ日が、カーテンのように揺らめいていたり、小鳥が身を寄せあって囀っていたり、大きな楓の葉や、トゲトゲした葉の樹……相変わらず森の中だけど、変わり映えのしないという事も無くて。


あ!あんな所にクマさんが!

大っきいなぁー!


「ユウナ様……!大変です……!森の殺戮者、ヴィヨンです!」


「えっ……?クマさん?」


「ユウナ。ユウナは、ナイが、まもる。」


マリーカさんは、ナイから素早く飛び降りると、腰のナイフを抜いて、構えた。

ナイも、私を下ろすと、立ち上がる様にして、クマさん……ヴィヨンを見据えている。


ヴィヨンは、徐ろに一本の木に寄りかかったかと思うと……木をへし折って、掴み……槍投げみたいに器用に片手で投げつけてきた……!!


――ブォン!

という音を立てて凄まじい速度で飛ばされた木は、私達の少し後ろの木々にぶつかり、ポッキリとへし折っていった。

――ドォーン!!バギバギバギ!!!


ひえぇ……なにこれぇ……

何にもしてないのにー……

なんで怒ってるのぉー……


「ユウナ。大丈夫。みてろ。」


ナイは、そう言うと、グッと低い姿勢になって――

次の瞬間には、目の前に居なかった。


「ゴガァアァァアァァァ!!!」


「あっ!?」


気付いた時には、ナイは、いつの間にかクマさん……ヴィヨンに噛み付いていた。


――グシャア!!


と、嫌な音を響かせて、ヴィヨンの右腕が潰れた。

ボタボタと、大量に滴る赤い血が、緑に上塗りをかけている。


「うっ……」


私は、つい……目を逸らしてしまった。


――ドォーン!!

と、重い何かが倒れるような音に、恐る恐る見てみると、そこにはヴィヨンが横たわっていた。


「ユウナ。終わった。」


「ナイ、強いんだね。」


「ナイ、強い。ユウナ、まもる。」


私は、感謝を込めて、ナイの頭を撫でた。ナイは、なんだか嬉しそうだった。


「……ユウナ様。お話があります。」


振り向くと、マリーカさんが、すごく真剣な顔をしていた。

ちょっとびっくりして、ゴクリと喉が鳴る。


「な、なんですか……?」


「ヴィヨンは、森の殺戮者と呼ばれるような恐ろしい存在でした。今まで何人もの犠牲者が出ていました。

私達は、実際……ナイに助けられましたが……。

そんなヴィヨンをいとも簡単に殺してしまうナイには……、正直に申しますと、恐怖を感じます。

ですが、何故かは分かりませんが、ユウナ様を護ろうという意思は本物の様ですね……。」


「ナイ、ユウナ、まもる。」


「はい。ですから、ヴィヨンを村に運びましょう。

そして、村人達に認めてもらうのです。

ナイは、害を及ぼす者ではないと。」


「な、なるほど……。」


ナイは、大きいし、強そうだし、角も生えてるから、やっぱり見た目は怖いのかな?結構、可愛いと思うんだけどな……。


「それに、ヴィヨンの臭いは、獣避けにもなります。

襲われる事も減るでしょう。」


そういう事もあるんだ……?


「分かった。ナイ、運ぶ。」


それから、マリーカさんは、器用に工作をしてくれた。蔦を利用したロープと、言法セイズで樹を加工して、荷車も作ってくれました!すごい!


「マリーカさんってすごいねー!何でも出来るんだねー!」


「いえ……そんな。私には、ヴィヨンは倒せませんし。」


「でも、お料理上手だし!今度教えて欲しいなぁー。」


「もちろんですとも。しっかりと覚えて頂きます。

さ、参りましょうか。」


――


――ガラガラガラガラ


ナイの引く荷車の音が森に響き渡る。

この音、すごく目立ってると思うんだけど、本当に大丈夫なのかなぁ……?


「ナイ、大丈夫?重くない?」


ナイは、大きなクマさん……ヴィヨンの載った荷車を引きながら、私とマリーカさんを背に乗せてくれている。走ったりはしていないけど、私が歩くよりも、とても速い。


「大丈夫。重くない。ユウナ、軽い。マリーカも、軽い。」


「そっか。無理しないでね?」


「分かった。ナイ、無理しない。」


森は既に薄暗くなってきていて、視界が悪くなっていた。


「ユウナ様。もう後少しで着くかと思います。

ナイのおかげで、随分早く来れました。

ですので、このまま行きましょう。」


それから、しばらくの事。夕陽に森が赤く染まりきった頃、少し森が拓けた場所に着いた。


「ここが、私の故郷、ミュルク村です。

お疲れでしょうから、すぐにでも住まいへお連れしたいのですが……。

先ずは村長に挨拶に参りましょうか。」


「分かりました!私は大丈夫です!ナイもいい?」


「ナイ、ユウナと行く。」


そうして、私達は村で一番立派な建物に向かいました。

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