星霜を手繰る糸
「目標となると、魔女の使命とキミの意志、どちらも矛盾なく成立させなくてはいけないな」
「やめてしまえとは、言わないんですね。使命のほう」
グラスを傾けながら、目を細める統さん。よほど喉が乾いていたらしい。
「だって、呪いだからね。どうあっても達成できないのなら、その苛烈さは九楼自身に牙を剥くようだ。ああ本当に腹が立つ。解呪の方法としては今のところ、だましだまし付き合っていくほかなさそうだ。ごめんよ」
「いえ、まだどうしても、ご先祖さまのやり残しからは離れられないんです。だから、そっちのほうが嬉しいです」
「……殺されかけただろうに」
「でも、竜の亡骸の一つは可愛そうでした。他のもそうなら、解放してあげたいというのは間違ってないかなって思うんです。それに結果さえ用意すれば、過程については気にしないみたいなので、うちのご先祖様。短絡的なわりに寛容ですよ?」
「なんというか……八葉を思い出すなぁ。あの子もそういうところがあった」
母さんの話だ。統さんは目を細めたまま、わたしの言葉にわたしの知らない懐かしさを感じているらしかった。この人が時折見せるこの表情は、もしかするとわたしの向こうに母さんを、この人の妹の影を見ているときのものかもしれない。
「わるい。話がそれたね。本題に移ろうか。竜骸の対処は、殺害でなくともいいんだよね。前例もあるわけだし」
「はい。新しい場所を与えるとか、そういった方法でも満足してくれるみたいです。ご先祖さまとしては彼らを殺したいって感じなんですけど、でも竜骸の方の意思を一番尊重しているようで……きっと、惚れた弱みってやつです」
「高1の語彙にしては笑えるね。なるほど、であれば今般必要なのは鱗に託した竜の意思を知ることだな。なんだと思う?」
「同じ女性を永遠に生きさせること……ですか?」
「そっちは伝承、クエレブレのものだろう。永遠に同じ女性を再生するのはむしろ、願いの副産物ではないかと思う。その永続性を人間が勝手に取り込んだから、人間の視点からすればズレた不老不死が実現されているのではないかな」
「ああ、なるほど。だとしたら、竜が鱗に残した望みというのは……」
考える。血はわたしの姿を求めた。魔女を探して長く長く生き続けた。わたしが彼のための場所を用意してあげたとき、満足してくれたと思う。確かに身体に取り込んだ自覚はあるけれど、例えばわたし自身の血のように、なにかを語ることもなければ存在を意識させることもない。消えた……のだろうか。だとしたら。
「わたし……だったり?」
「それは……それはやめておきなさい。最後の手段だろう。選択を保留にする選択だし、何より呪いが移動するだけというのは、キミを親友と呼んだ女の子が悲しむよ」
「でも、血のほうはそれでなんともありませんでしたし」
……統さんは、驚いたような顔をしている。表情を読むなら、「気がついていないのか?」うん。同じ声がした。
「今の九楼はたしかに血の竜骸を取り込んだままだよ。悪さこそしていないけれど、たしかに魔力は膨れ上がっている。存在の歴史とか、密度といった力が、会ったときとは比べ物にならない。それに考え方も変わってきているよな。森でどういう体験をしたかはわからないけれど、体験だけでここまで魔女の呪いを抑えられるものか」
「……そう、ですか。こんどは上手くいかないと?」
「血と鱗、両方を取り込んだら、蛇くらいにはなってしまうかもね」
よくない未来を語るときは特に誠実な人だった。今までわたし個人の内面的な精神活動だと思っていたことが、外からやって来たものの影響だと告げられてしまったのが悔しくて、それでなんだかそっけない返事になってしまう。
「……だとしたら、鱗の望みなんて、わからないです」
「たしかに、情報が不足しているね。本番までお預けということにしよう。鱗の望みとやらには、引っ剥がしたあとで付き合ってあげればいいさ。付き合いきれなくなったら、そのときは自分の身の安全を優先するのが条件だけど」
わたしだって蛇になりたいわけではないので、紗那の安全が確保できれば善処します……と、伝えるほかない。保護者もそれで納得してくれたらしかった。
「では、鱗と姫宮さんをいかにして引き剥がすか。つまり解呪の方法について。極論これさえできてしまえばいいんだからね」
「それは……名前、でしょうか。同じ名前を襲ねるのって、これ以上なく呪いっぽいですし」
「ご明察だ。そうすることで役割の連続性を担保し、強化しているんだな。どう崩そうか?」
「名の変更許可申立。15歳以上なので、一人で出来ます。理由は1、奇妙な名前だから」
「九楼、妙に実感こもったセリフと知識だね……」
調べたのだ。自分のために。あんまりからかわれるものだから。ご苦労さんとか、学校の先生にまで言われた日には誰だってそうすると思う。
「当たらずとも遠からず。それだと遅効にすぎるかな。仮に通ればトドメの一撃にはできるだろうけど」
「800円あったらできるらしいですよ?」
「とりあえず弁護士案件から離れよう。代わりの名前を用意するというのは正解だよ。ただし、本人がこれ以上ないくらいしっくりこないとダメだ」
「しっくり……ですか。そんな突然、今日からお前はまるまるだとか言って、受け入れてくれますかね」
「まぁ難しいよね。でも大丈夫だと思う。一個だけ魔法で解決する手段があるんだ」
家庭裁判所への申立は後回しになるらしい。統さんは空になったグラスをテーブルに、氷の崩れる音を立て足を組み直すと、こう言った。
「真実の名、というものがある。呪的に名を襲ねる一族は、それを忘却するからこそ対価を得ているんだよ。突き止めようじゃないか。彼女の
オールドスクール・ウィッチクラフト 篝三幸 @miyo8492
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